創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第四十四話:相談]

 

 しばらく二人が抱き合っていると、足元にウヅキが来て体をすり寄せてきた。

「ん? どうした? 腹減ったのか?」

 レオは「それならば」と思いついて、作ったが食べなかった水っぽいご飯と焦げた魚を猫用の皿に入れてウヅキの前に置く。

「ほら。俺が作ったんだよ。ご飯と魚の肉。うまそうだろ?」

 正気か。

「ちょっと! それウヅキにあげるの? 焦げてるじゃん」

 玲菜は止めたがレオは「平気平気」と能天気に返す。

 だが、ウヅキは水っぽいご飯には目もくれず、焦げた魚に対してはくわえてレオの部屋に持って行き、そのまま捨てるように置いてくる。

「ウ、ウヅキーーー!? どういう意味だ!!

 ショックを受けるレオを無視して、自分にすり寄るウヅキを見て、玲菜は凄く感心した。

(ウヅキ賢い!)

 しかも甘い声で鳴いてすり寄るのが可愛くてついつい甘やかしてしまう。

「ウヅキ、何が欲しいの? 待っててね〜! 猫用ミルク? それともショーンが作った昨日の夕飯の残り?」

「昨日の夕飯の残りあるのかよ!?

 食いついたのは人間のレオだ。

「だったら俺が食うよ」

 自分の作った肉じゃがだけでは足りなかったようだ。

「え? レオ、冷蔵庫見なかったの?」

 見たら気付くはずなのに。訊くとレオは首を捻った。

「見たけど。……あったなんて気付かなかった」

「でも、駄目だよ〜。あれはウヅキにあげるんだもん」

「なんでだよ! 俺、足りてないから。俺が食うって!」

 二人が言い合っていると、ウヅキは何かに気付いて玄関に向かった。玄関のベルが鳴ったのはその後だ。

 

「こんにちは〜!」

 出てみるとなんと、隣のサリィさんが新作のパンを持っておすそ分けにきた様子。

「これ、多く作りすぎちゃったから!」

 しかも、ウヅキの分のご飯をパンとは別で用意して持ってきている。

「ウヅキちゃんにはこっちね〜」

 ウヅキはサリィさんに甘い鳴き声ですり寄った。

 玄関に居た玲菜はウヅキの態度を見てびっくりした。

(え! 賢いな、ウヅキ)

 一方、普段レオは来客にほぼ対応しない(居ても居留守を使う)のだが、美味しそうな匂いにつられてノコノコ玄関に出てくる。

 レオの姿を見てサリィはびっくりした。

「あらぁ〜ジョン君! 珍しいわね、こんにちは」

「こんにちは。サリィさん、いつもありがとうございます」

 なんと、皇子のまさかの好青年ぶりに、玲菜は目を見張った。

「いいのよ〜! 作りすぎただけだから、貰ってもらえると助かるわ〜」

「しかし、いつも美味しく頂いていますよ。サリィさんは本当にパン作りが上手ですね」

 褒められてサリィさんは上機嫌になった。

「やだわ。お世辞が上手ね〜。じゃあ今度はジョン君のために作っちゃおうかしら〜」

「それは楽しみですね」

「うふふふふ」

 なんだか会話が弾んでいる二人。サリィさんはレオの顔をじっと見て改めて言った。

「それにしてもジョン君は、アルバート皇子に似てるわよねぇ〜。街で見間違われるんじゃない?」

 玲菜はドキリとしたが、意外にもレオは平然と返す。

「そんなことないですよ。シリウスに見間違われるなんて光栄ですね」

 まるで自分を褒めているようだ。いや、そうなのか?

 和やかな雰囲気で会話は終わり、サリィさんが去って玄関のドアを閉めた途端、レオは普段の彼に戻った。

「うまそうだな、これ。早く食おうぜ!」

 お前は食いしん坊か。

 サリィさんの持ってきた袋には焼き立てのクロワッサン風パンが幾つか入っている。レオは居間に戻る途中ですでに一口食べて歓喜の声を上げた。

「うまいっ!」

 そして次の瞬間には食べ終わってしまう。

 玲菜は驚きながらも呆れて注意した。

「歩きながら食べない! 行儀悪いよ!」

 しかしレオは気にせずに感心していた。

「あの人、どんどん腕上げてるよな〜。店始めたら俺は絶対に宮廷からでも注文するのに」

 歩きながらもう一つを出して食べようとしていたので、玲菜はもう一度注意した。

「レオ! 歩きながら食べない! って言ってるでしょ? あと、一人で全部食べないでよ」

 レオが一つ食べてしまったので残りのパンは五つになっていた。

 戻ってきた居間で、ソファに座ってすぐにパンを分けるレオ。

「俺が四個、お前が一個でいいか?」

 安定の大食いでショーンの分が無い。

「私は一個でいいけど、レオ、ショーンの分も一つ取っときなよ」

 玲菜に言われて、レオは仕方なく一つをショーンの分にして三つを食べる。その姿を見て玲菜は立ち上がった。

「あ、飲み物持ってこようか? レオは何がいい? お酒以外」

「酒以外? 仕方ないな。じゃあ紅茶で」

「分かった!」

 時間的にはもうおやつの時間で、ずっと食べているような気もしたが。

 玲菜はレオと過ごすこんな時間もいいと、うきうきしながら台所のドアを開けた。

 途端に、その流し台と調理台の惨状に悲鳴を上げた。

「な、何これ〜〜〜〜〜〜〜!!

 調理器具は使いっ放しの出しっ放し。汚れっ放しの焦がしっ放し。流し台にも放置された皿や調理器具、野菜の皮など。おまけに床も汚れて壁も汚れている。

 一体、何をどうしたら……一度料理しただけでこうなるのか。

「レオ〜〜〜〜〜〜!!

 午後のまったりタイムは終わりだ。

 玲菜は怒って居間のレオを引っ張り、自分の指導の下、片づけさせる。もちろん自分も一緒に片付けて、彼に料理をさせたことを後悔した。

 

 そうしてようやく台所が元に戻った頃、日も暮れてショーンが帰ってくる。彼は食材を持ち、夕食を作ろうと張り切って台所に入り、幾分か綺麗になっている調理台に機嫌を好くした。

「あれ? 掃除したのか? レイナ」

 仕上げにテーブルを拭いている玲菜に話しかける。

「うん。掃除っていうか……うん」

 先ほどの惨状は見せられない。

 ショーンは居間のソファで疲れて横になっているレオにも声を掛けた。

「レオ、お前も手伝ったのか? まさか一日中ゴロゴロしてたんじゃね〜だろーな?」

「手伝った! っていうか、この俺が、召使いのようにこき使われたんだからな!」

 こういう時、皇子ぶるのは彼の悪い癖だ。しかも自分が悪い癖にムスッとしている。

 ショーンは「ふ〜ん」と頷いて、「そういえば」と話を変える。

「あ! 昼飯どうした? レイナが作ったのか? それとも外で食べた?」

「レオが……」

 玲菜が言っている途中でレオが促した。

「オヤジ、それより腹減った。早く作ってくれよ」

「お前そればっかだな。他に言うことないのか」

 ショーンは呆れたが。調理台に立ち、いつものように手際よく夕食を作り始めた。

 

「あ、ショーン、手伝う!」

 玲菜は手伝いながら、レオのことを考える。

 彼には皇子っぽい所も、皇子っぽくない所も存在している。

 一般人として子供の頃は育てられて途中から皇子扱いだとしても、もう“皇子”が身に付いているのだ。“やってもらうこと”が当たり前で、面倒臭がりなのは彼の性格かもしれない。しかし……

 皿を運びながら玲菜は思い出す。

(そういえばレオ、お皿洗うの上手だった)

 いつだったか二人で食事の後の食器の片づけをしたことがある。あの時彼が皿洗いをできたのは、ショーンに教わったからではなく、幼い頃の『母親の手伝い』で身に付いたのかもしれない。

 そう、彼は「忘れていた」と言っていた。「皿洗いが得意」だとも。

(あ〜〜〜そうだったんだ)

 いくら下町に住んでいても、仮にも皇子がそんなことをやるはずがない、と考えれば分かる。

(イヴァンさんも言っていたな)

 彼の幼馴染のイヴァンは、レオが“皇子”の片鱗を全く見せなかったと言っていた。

(そりゃそうだよね。レオだって自分が一般人だと思っていたんだから)

 皇子の片鱗を見せなくて当然だ。

“レオ”という名は、前に彼が「呼ばせているのは母親とオヤジとお前だけだ」と言っていた。けれど、イヴァンは普通に『レオ』と呼んでいた。アルバートがファーストネームのはずなのに。そういえば、一般的には彼の名前は『アルバート=シリウス=スサノオ』となっている。

(ああ、そうか)

 玲菜は理解した。

(レオは皇子だと判る前の名前なんだ)

 ただの“皇子の幼名”ではなく、ある意味本名だ。

(アルバートとかの名前が後から付けられた名前で、『レオ』は秘密の名前なんだ)

 そして、彼は重大な秘密を先ほど自分に打ち明けてくれた。

(なんだっけ……らくいん? らくいんって、“ご落いん”のことだよね?)

 御落胤は、漫画か何かに出ていた用語なので知っている。つまり、正式な皇子ではなく、浮気相手との間にできた子供……となるのか。

 玲菜は口を押えた。

(レオのお母さんが……?)

 恐らく正解だ。彼は「母は最初側室でもなかった」と言っていた。

 しかし、皇帝の浮気相手とその子供が後から皇家に入ったことになる。

(それって一大事!?

 だから、『国家機密レベル』だと。

 帝位を争っている彼の兄妹にも、彼は『下町で身を隠していた皇子と側室』ということになっているのか。

(でも本当は皇帝の子を身籠った一般人とその息子?)

「ああ〜〜〜!!

 つい、玲菜は声を出してしまった。

(確かに国家機密かも? だって、その息子が次期皇帝になるかもしれないんだよ? 皇帝の血を受け継いでいるとはいえ、バレたら争いになるよ絶対)

 バレていなくても争いになっているのに。

「どうしたんだ? レイナ」

 急に声を出したことでびっくりしたショーンが問う。

「あ、ううん。なんでもない」

 玲菜は誤魔化してから居間で寝ているレオを呼びにいく。

「あ、もうご飯できたよね? レオ呼んでくるね」

 

 ソファで、うつ伏せで寝ているレオを見て、玲菜は溜め息をついた。

(レオ……暴露なんていっても、サラッと言うことじゃないよ)

 それだけ自分は信用されているのか。

 それとも、今までできた恋人にその都度言っていたのか?

 玲菜は首を振る。

(レオは、そんなことしない。多分)

 彼の黒い髪に触れる。

 その瞬間に彼は起き上がって驚いたような顔をした。

「なんだ。レイナか。なんか気配があったから、びっくりした。悪いな、俺今本気で寝ちゃってたから」

 むしろびっくりしたのはこちらの方だ。

「え? 『本気で』? ってことはいつも本気で寝てないの?」

 思わず訊いてしまったが。

「ん? まー常に、じゃねーけど」

 レオは気まずそうに答える。

「大体いつも深く眠らないようにしてる。それでも寝ちゃう時あるけど。なるべく、な」

(そうだったんだ)

 玲菜は驚くと同時にあることに気付いて、恐る恐る訊いてみた。

「え? それって、命が狙われているから?」

「そーだよ。いつ暗殺に遭うか分からんからな」

 平然と答える内容ではない。

「それって……いつも寝不足……」

「ん? まぁ、もう慣れたし。暇な時はいつも体休めてるしな。大丈夫だよ」

 喋りながら台所に向かった皇子の背中を見て、少しだけ申し訳なさを感じた玲菜。

(ただ無駄に、ぐうたらしてただけじゃないんだ?)

 恐らくぐうたらはしていたのだが。それなりの理由もあった。

(今度からあんま怒りすぎないようにしよう)

 そう心に決める。

 

 

 

「あーーー。怒っていいよ。むしろ怒ってくれよ」

 次の日。「相談がある」とショーンに掛け合って、昨日の「レオがあまり寝ていないのでゴロゴロしていても怒らない方がいいか」と話をすると、ショーンは呆れた顔でそう答えた。

「アイツの、家でのゴロゴロやダラダラは完全に甘えだから。最近俺が怒らないから調子に乗ってるし。他に注意するやつが居ないだろ? レイナが言ってくれるとアイツも素直に言う事聴くし」

「え! でもレオも疲れてるから」

 玲菜がそう言うとショーンは笑って返した。

「大丈夫だよ。まだ若いんだから」

 

 ここはショーンの家の居間。

 レオは用事があると朝から城に行き、玲菜が、相談事があると言うとショーンは図書館に行くのをやめて話を聞く態勢に入る。

 二人で、ソファに座って茶を飲みながら話を始めた現在に至る。

「で、相談事ってなんだ? 今のレオの話が相談事じゃないだろ?」

 湯呑を置いて、ショーンは訊く。

 玲菜も湯呑を置いて、「ふぅ」と一息ついた。

 さて、何から話そうか。

「ショーン。私ね、この前シドゥリさんから聞いたんだけど……」

 玲菜は自分の頭の中で整理しながら、ゆっくりとショーンに話す。

 

 ――自分の書いていた小説が、実はこの世界の神話になっていた事。

 それは小説が盗まれて、この世界の文明が起こった頃に送られたからだ、と。

 守ってきたのは預言者であるシドゥリの一族で、自分も古くなった原本を見た、と。

 そして、盗んだのは恐らく自分――

 

「シドゥリさんは、私の未来……? っていうか、使命が視えたんだって。それで、私が小説の作者だと分かったって」

 玲菜の信じられないような話をショーンは黙って聴く。

「その使命っていうのが、過去に帰って小説を送ることだって言ったの。そうしないとこの世界が崩壊するって。それで、私はここに来る前の体験を思い出して」

「……黒ずくめの人物か」

 ショーンの返しに、玲菜は驚いた。

「ショーン、私の言った話憶えてるの? 一回しか話してないのに」

「ああ。興味深い話だったから。記憶に留めといたよ。黒ずくめの人物で合ってるだろ?」

 やはり彼は天才か。

 むしろ自分で憶えていない玲菜だったが。黒ずくめ……要するに黒ローブの人物で合っている。

「うん。その黒ずくめの人物が、多分私なんだと思う」

「そうか……」

 ショーンは少し考え込んでからお茶を一口飲んだ。

「……シドゥリの予言は外れたことが無いし、レイナの話はすべて信じる。ただ……」

 頭を抱えるおじさん。

「ちょっと、頭の中を整理させてくれ」

「うん」

 そりゃそうだ。

 玲菜はショーンが落ち着くまでしばらく茶を飲んで静かに待った。

 

 やがて、考えがまとまったらしいショーンは「うん、うん」と頷いて茶を飲み干す。

「つまり、やることは今まで通りだよな。元の世界へ戻る方法を探す、と」

 それは変わらない。

 だが、おじさんは少し寂しそうな顔をした。

「じゃあ、キミは過去へ帰るのか」

 核心を突かれて、胸が痛む玲菜。

 そのままショーンは微笑む。

 

「本音としては、おじさんは寂しい」

 

 その一言で、今まで我慢していた糸が切れたように一気に涙が溢れる玲菜。

「……ショ……」

 言葉が出ない。きっとおじさんの名を呼んだら溢れた涙までこぼれてしまうから。

(ショーン……!)

 レオだけではない。ショーンも。ショーンとも、別れたくない。この世界でずっと助けてもらって、一番一緒に居たのに、二度と会えなくなるなんて信じられない。

 元の世界に戻っても、アニメのタイムマシーンのように、ふとした時に再会できたらどんなに幸せか。

 ショーンが本当に親戚の伯父さんだったらどんなに嬉しいか。

 それは叶わない。

 どんなに強く願っても叶わない。

「でも、キミは本当のお父さんの許へ帰らないとな」

 その言葉を聞いて、玲菜はドキリとすると同時に悟った。

(ショーンは分かってたんだ)

 玲菜がショーンのことを、父の様に思っていたこと。

 彼は自分を娘の様に接してくれていたが、自分はきっとそれ以上に父の様に感じていた。

 何度も、「お父さん」と呼びそうになった。

(駄目だ。今までのことを思い出すと泣く)

 まだ別れの時ではないのに。

 玲菜は近くに居たウヅキの方に目を向けて、ショーンに自分が泣きそうなことを悟られないようにした。しばらく何も喋らずに涙が引くのを待つ。

 そうして、少し平気になったのを確認してから、か細い声で喋った。

「うん。そうだね」

 ずいぶんと遅い返事になったが。精一杯の言葉。

 一方ショーンは、玲菜が泣きそうになっていることには既に気付いていて、しかしそれはレオの事を想ってだと感じる。

「アイツにはどうする?」

「え?」

 辛そうな玲菜に、ショーンは提案を出した。

「レオには、俺から言おうか?」

 玲菜は「ハッ!」としてショーンの顔を見た。彼はすべて分かっているようにニッと笑う。

「言いづらいよな。ましてや、アイツが一回で納得するとは思えん」

 俯く玲菜。

(ショーンに頼む?)

 確かにそれは助かるしありがたい。けれど……

 玲菜は自分の弱い心を打ち消すように思い切り首を振った。

(駄目だよ。自分で言わなきゃ。ショーンに頼っちゃ駄目だ。レオはもっと納得しないよ)

「ありがとうショーン。でも私とレオのことだから。自分でなんとかする」

「ああ、そうか」

 ショーンは納得して、「それでも」と続ける。

「ただ、アイツともし気まずくなったらおじさんが取り持ってやるから、家を出ていくとか言うなよ?」

 すべて御見通しか。

 考えを見抜かれていて、玲菜は自分の浅はかさを恥じた。

 まぁ、ショーンの家を出ていくことは自立のために元々考えていたことだが。

 ショーンは足元に寄ってきたウヅキを撫でながら言う。

「なんか、こうなると、アヌーの結晶石の情報が出てくるのは遅い方がいいって思っちゃうなぁ〜」

 しかし、レオの部下の忍びたちの優秀さは侮れない。

 

 

「悪い情報と良い情報持ってきた。どっち先に聞く?」

 夜、城から帰ってきたレオが皇子用の青いマントを外しながら最初に言ったのはこれだ。

「え?」

 玄関まで出迎えた玲菜は、脱いだマントを当たり前のように渡されて、彼の言葉の意味を訊き返す。

「悪い情報と良い情報?」

 研究室に居たショーンも二人の話が聞こえてやってきた。

「なんだよ、そりゃ」

 レオは居間に向かいつつ話す。

「じゃあ、まず良くないことから話すか」

 歩きながら水色の詰襟の上着を脱ぐ。

「まぁ、予想できることだったけど、早すぎたからびっくりしてる」

 玲菜は脱いだ上着も渡されて後をついていった。

「何? 早すぎたって……」

 

「また戦が始まるかもしれん」

 レオは気苦しかったシャツのボタンを外してソファにドカッと座った。そのまま背もたれに寄り掛かって天井を仰いだ。

「あ〜〜〜めんどくせ〜〜〜」

 そんな問題ではない。

「戦? また?」

 玲菜は心配になってレオの隣に座って彼に訊く。

 嫌だとか怖いという感情が全身を駆け巡る。

「この前追い払ったから少なくともあと数ヶ月は大人しくしてると思ったのに。連中は最初から再戦を狙ってそこで決着つけようとしてたみたいだ」

 レオの言葉に、ショーンは「やはり」と頷く。

「前の戦の時に次の用意を進めてたんだろうな。まぁその可能性も予想してたけど。えげつないな」

「えげつない?」

 引っかかった言葉を玲菜が訊くと言いにくそうに答える。

「つまり、前回の戦の時の兵士は捨て駒だったってことだ。大軍だったけど、多分主力は戦場に上がってなかったんだろうなぁ」

 二人の会話に、玲菜は不安になった。

「ねぇ、戦って本当に? どこと? またナトラ・テミス?」

 レオは溜め息をつきながら答える。

「うちとやり合えるのは今の所、隣の大国しかねぇよ」

 隣の大国とは、やはりナトラ・テミスか。

 レオは通常なら絶対に使わないような言い方で玲菜に頼む。

「レイナさん、お酒お願いします」

「え?」

(レイナさん?)

 度肝を抜かれてつい従ってしまう玲菜。

「は、はい。ちょっと待っててね」

 彼に渡された衣類は汚れを確かめてから片づけて、台所の冷蔵庫で冷やしてあった酒とコップを持って居間に戻る。

「ああ、悪いな。ありがとう」

 テーブルに置かれた酒を自分でコップに注いで、ぐいっと飲んだレオは玲菜に向かって申し訳なさそうに言う。

「まだ密偵からの情報のみで相手の動きははっきりしないけど、戦の可能性があるから城通いが多くなるし。なるべくここに帰るけど、たまに城に泊まるかもしれん」

 まるで出張に行く夫が妻に報告するが如く。

「う、うん」

 一緒に居られないのは寂しいが、それよりも心配そうな顔をする玲菜の頭に手を置くレオ。

「落ち込むな。大丈夫だから。すぐ攻めてくるわけではないと思うし。……それよりも次は朗報だぞ」

「朗報?」

 ショーンが訊くと、また酒を一口飲んでから告げた。

「ああ。この前言ってた『ナントカの結晶石』? とかいうやつの在り処が大体把握できたって。間諜から報告があってさ」

 やはり忍びの部下が優秀だ。

 あまりに早くて複雑な気分で顔を見合わす玲菜とショーン。

 朗報といっても、現状では若干そうでもないような。

 しかし結晶石の在り処は把握しておかないと駄目だ。

 ショーンは声を潜めた。

「で、どこなんだ?」

「ナトラ・テミスに在るのはほぼ間違いないようだ。ただ、その場所というのが、厄介というか……ある意味ちょうど良かったというか……」

「え?」

 

「龍宮の緑城《りょくじょう》……別名・湖上の砦と呼ばれる場所だ」

 

「難攻不落のグリーン・ドラゴン?」

 それを言ったのはショーンで。玲菜は分からなかったがレオは頷く。

「そうとも言う。元々あそこは帝国の領土だったのに、昔に奪われた土地なんだがな。特殊な地形によって未だに取り返すことが出来ていない城なんだ」

 玲菜はほとんど理解できなかったが、気になった言葉を訊いた。

「特殊な地形?」

「ああ。つまり、別名の通り、湖の上にある砦で。別に浮いてるわけではなくて、湖の真ん中に島があって、そこに在るというか」

「一説によると……」

 今度はショーンが喋り出した。

「その島っていうのは、かつて“はじまりの楽園”と呼ばれた島だと言われている。湖も、大昔は海で、大陸が繋がった時に少しだけ残って海湖になった、と。だから水には少し塩分が残ってるし」

「え? なんだって?」

 今の話は玲菜だけでなくレオも知らなくて理解できなかった。恐らく考古研究者の知識なのか。

「はじまりの楽園?」

「今はもうほとんどが沈んでるけどな」

 ショーンは一人で納得して苦笑した。

「しかし。どうするか。まさか砦の中にあるとは思わなかったぜ。しかも侵入が難しい湖上とはな」

「それなんだけど」

 レオは酒を飲み干して、また注ぎながら言う。

「さっき『ある意味ちょうどいい』と言ったのはな、実は今回の戦は防戦だけじゃなくてこっちから攻めるという案も出ていて。要するに……とある砦を奪還するっていうか」

「え? 砦ってまさか」

 玲菜は勘付いたが先にレオが言った。

「そうだよ。龍宮の緑城だ」

 彼の考えが分かったのはショーンだ。

「あーー。レオ、お前が言いたいことはわかった。戦の時にどさくさに紛れて『アヌーの結晶石』を盗むっていうんだろ?」

「ああ。もちろん作戦練らなきゃいけねーけど、出来そうだったらその役を俺がやってもいいぞ。そしたらシリウス軍が砦攻略を志願するし」

 そう言うと思った。

 ショーンは頭を押さえて首を振る。

「ちょっ……待て。ありがたいけど待て。そう簡単に決めるな。俺がよく考えるから」

 

 レオは「任せろ」と言ったが玲菜とショーンは止めて。それにまだ砦を攻め堕とす事が決まったわけでもないので、一先ず方法は保留という事にしてその場は過ぎた。


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