創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第四十九話:深夜の訪問]

 

「ねぇ、レオさんみたいな美形とどうやって知り合ったの?」

 女三人の食事&談話大会は佳境に入ってきて恋の話に突入した。

 先ほどレオが姿を現したせいで狙いは完全に玲菜になっていて、二人から質問集中攻撃を受ける。

「あ、あの……」

 玲菜はなんとか設定を考えて誤魔化しつつ答えていった。

「レオは、ショーンの息子なんだけど」

「あ、あー! そっか」

 ショーンの息子という設定は二人とも納得して、ミリアは妄想した。

「え? じゃあ、万が一わたしがショーン様と、レイナがレオさんと結婚したらレイナはわたしの義理の娘になるの?」

 それはない。と玲菜は思った。

 すでに食事をし終わっていた三人は飲み物だけ頼んで長期戦に突入する。

 アヤメは玲菜の顔をじっと見て興味津々に訊いてきた。

「ね。さっきなんとなーく初々しさを感じたんだけど。いつから二人は付き合っているの?」

 いつからだろうか。両想いだと判明したのは確か、鳳凰城塞での祝賀会の夜……か? それは言えないか。では、鳳凰城塞から都に帰ってきてから、とするか。

「えーとね。一ヶ月……は経ってないか。三週間前くらいからかな?」

 自分で言って自分で驚いた。

(あれ? そんだけしか経ってないの? 私たち)

 一緒に住んでいるせいか、結構長く経っている気がする。

 しかし、ミリアとアヤメは顔を見合わせてニヤニヤと笑ってきた。

「やぁだ〜。じゃあまだ、初々しい頃ね?」

 初々しい……か?

「まだお互いの欠点が見える前で楽しい時じゃない」

 欠点はすでにたくさん見ている。

「一緒に出掛けて。手を繋いだり、キスしたり?」

 その先は未遂だが、もう何回か一緒に寝ているし、一緒に風呂にも入っている。

 玲菜は顔を赤くした。

(私たちって、早いのかな?)

 ミリアはコソコソと助言してきた。

「そろそろ勝負下着買っときなよ」

 もう買っている。

 本来、付き合って三週間というと、まだデートが二、三回くらいのイメージなのか。

 確かに(恋人になってからの)デートはまだ一回……だが。

 旅行(おじさんと三人で)もしたし。

 やはり、彼と恋人になってからもう大分経っている気分。

(そもそもレオと出会って三ヶ月半くらいしか経ってないんだ)

 なんだか出会ってもう一年くらいは経っているような。

 それだけ色んなことがあった。

 ……なんて、しみじみしている暇はなく。その後も次々と質問が飛び交い、玲菜はなんとか誤魔化しつつ答えて。

 いくら飲み物を頼んでいても、いい加減店員の目が本気で厳しくなり、自分たちも喋りすぎで若干酸欠状態になるほど長居した頃。

 昼頃に入ったのにすでに夕刻近くなっていて、さすがに疲れて店を出て解散をする。また会う約束をして、皆で別れの挨拶をして、玲菜は家へ帰ろうと道を歩いていた。

 

 そこに駆け寄る一人の足音。

「レイナ!」

 それはなんとレオで、彼も偶然帰る所だったと言う。

「お前も帰りか。友達とは楽しんだのか?」

 まさか一緒に帰れるとは思わなかったので嬉しさでいっぱいになる玲菜。

「うん。楽しかったよ。いっぱい喋った」

 歩いているとたまに開けた場所になり、高台からは下の街並みが見える。都は本当に人がたくさん住んでいて、建ち並ぶ家々を見るだけで壮観。更に、時期的に早く沈む夕日に照らされる景色は雰囲気を盛り上げる。

 歩くペースが速いレオは少し前で立ち止まり、手を玲菜に差し出した。

「ほら」

 照れながらその手を取る玲菜。

 レオは手を繋ぎ直して、今度はペースを合わせて歩いた。

「こういうのってなんかいいよな」

「え?」

「こんなこと言うとお前は怒るかもしれないけど」

 ためらってからレオは言う。

「俺は今まで“女”はいっぱい居たけど。手を繋ぐとかしたことないから。なんか新鮮で」

“女”がいっぱい居たことなどイチイチ言わなくていいのに。と玲菜は苦笑いしたが続きを聞く。

「正直、ちょっとだけ緊張してるんだ。それは悪いと思ってる」

「悪いなんて!」

 玲菜は彼の手をギュッと握った。

「緊張は私もしてるよ。緊張っていうか、ドキドキする。今も」

「レイナ」

 レオは立ち止まってじっとこちらを見た。

「キスがしたい」

 言われた玲菜が顔を赤くすると彼も赤くして違う方を見る。

 人通りの多い道でそんなことを言われて、玲菜は困って周りを気にした。

「こ、ここで?」

「えーと」

 レオはすぐに狭くて暗い路地に玲菜を連れ込んだ。

「ここならいいだろ」

 そう言って、有無を言わさずキスをしてくる。

 

 このやり取りを家に帰るまでに三、四回繰り返して。

 家の前でもレオは彼女に要求してきた。

「レイナ。キスしよう」

 辺りはすっかり暗くなっている。

 恐らくキスしないでまっすぐ帰ればもっと早く家に着いたはずなのに。……なんて、呆れ返る間もなく、レオはぐいっと玲菜の腰を引き寄せた。

「え? ここで? 家の前だけど」

 慌てる彼女の意見など、お構いない様子。

「もう暗いし、人通りも無いからいいだろ?」

 そもそも彼は他人に見られることを全く気にしていないようだが、玲菜はそうもいかない。

「で、でも。近所の人に見られるかも? だったら、い、家の中で」

「俺は家の中の方が気まずい」

 そうだ。彼は唯一、ショーンに見られることを気にする。と、思う玲菜も同じく。他人はもちろんのこと、ショーンに見られるのは特に気まずい。

 やはり、二人にとってショーンは父親なのだ。

「ええと、じゃあ……」

「レイナ」

 まだ悩んでいる途中なのに、我慢が出来なくなってレオは唇を重ねてきた。

 直後に誰かが横を通り過ぎる足音が聞えたが、玲菜は目をつむっていて見えなかったし、もうどうでもいいと思った。

 他人に見られたからなんだ。確かにその時恥ずかしい思いをするが。要するにそれだけで。

(レオ……)

 彼の甘い口づけは続く。

 

 やがて、計三人くらいの足音が通り過ぎた後。

 ようやく彼のキスは止まって。玲菜は目を開ける。

 レオは玲菜と目が合うとパッとそらして恥ずかしそうにした。

「これ以上すると、止まらなくなるから。俺が」

 今更だが、玲菜は周りを見回す。

「何人かに見られたよね? 多分。近所の人に私たちのことバレたかなぁ?」

 一応ここでは、レオはショーンの息子で玲菜はそのイトコの考古研究者、という設定になっている。

「バレてもイトコなんだから結婚できるし、なんの問題もねーよ」

 彼はごく自然な流れでその言葉を口にしただけのはずだが、玲菜はドキリとした。

(結婚……)

 イチイチ反応してしまう自分が嫌だ。けれど、ついレナを思い出す。

 昨日図書館で読んだ神話でも、シリウスとレナに幸せな結末があった。

 物語は良かったが、目の前に居る彼と婚約者を重ね合わすと途端に嫌な気分になる。

 玲菜は彼の腕を掴んだ。

「も、もう一度だけ、キスして?」

 彼とのキスで、不安をかき消そうとしている自分が嫌だ。

 俯く玲菜の唇に、彼は優しくキスをした。

 その瞬間だけは、何もかも忘れて幸せになれる。

 彼が唇を離しても、玲菜が目をつむったままでいると、彼はもう一度キスをしてきた。そして、離した後に髪を撫でる。玲菜はそれが心地好くて目を閉じたままでいたが、レオはキスの催促だと解釈して戸惑いながら耳元で言った。

「嬉しいけど。そろそろやめないと、俺はもう気分が昂《たかぶ》って制御できなくなるぞ。それでもいいのか? 夜お前の部屋に忍び込むぞ」

「え?」

 訊き返すと慌てて言い換える。

「いや! 冗談だよ。さすがに無理だよなぁ」

「冗談? 無理なの?」

 多分、玲菜の反応は予想すらしなかったはず。だがレオは一瞬止まって。顔を近付けた。

「いいのか? 行っても。本気で行くぞ」

 家にはショーンが居る。そんな大それたことが可能なのか。

 無理だ。

「うん」

 無理だと思ったが、玲菜は返事をした。

「来てもいいよ」

「お前、無理だと思ってるだろ」

「え?」

 レオの目は真剣だ。

「今日、部屋の鍵開けておけよ」

 言われた途端に緊張が走る玲菜。

 本気だ。

 彼は本気で玲菜の部屋に来るつもりらしい。

 

 家に入るレオについていき、ボーッとしながらも、家の中に居るはずのショーンに「ただいまー!」と声を掛ける玲菜。

 ショーンは「遅かったな」と二人を出迎えて夕食の支度の済んだ台所に誘導する。その間「楽しかったか?」などとお約束な質問に答えてなんとなく会話を交わし、ショーンの作ってくれたご飯を美味しく食べる。

 その後片づけをして、「風呂に入る」と二人に断ってバスルームに行き。

 風呂場に着いて湯船でのんびりと湯に浸かった時に、先ほどの、外でのレオの言葉の意味をもう一度確認して焦った。

(え!? ちょっと待って!? 今夜、レオが私の部屋に忍び込むの!?

 忍び込んだ後、どうする?

 答えは分かっているがどうやって。

 どうやって、バレずに事を済ませるか。

(え! えぇ!?

 玲菜は混乱してきた。

(ホントに? ホントにそうなの!? でもそれってつまり……)

 レオは夜這いをしにくる、ということなのか。

(やだ! なんか凄く卑猥《ひわい》)

 そしてその後はどうする。事が済んだ後は、彼は自分の部屋に戻るのか?

 ……そうだ。

 戻らなければショーンになんて説明する。

 玲菜は一通り想像して赤らめるやら青ざめるやら。

(う、嘘!?

 彼は部屋の鍵を開けておけと言っていた。

 今まで色々と邪魔が入ったが、ついに今夜こそ……なのか。

 自分の寝間着を思い浮かべる。

 水色のなんの変哲もないボタン式のシャツと同色のズボン。

(か、可愛くないよ〜。せめて花柄にすれば良かった!)

 下着は勝負下着に取り替えなければ。

 あとはどうだ。あとはどうだ?

 

 玲菜は色々と考え事をしていて、危うくのぼせそうになりながらも風呂を出る。

 まさか、ショーンが居る日に決行だなんて……そんなまさか。

(どうしよう、どうしよう)

 徐《おもむろ》に着替えながらこうなった経緯を考える。

 (レオ、最初は冗談だったんだよね? きっと)

 確かにあの時は自分も高揚していた。レオと何度もキスをしたおかげでそういう気になって……いたのか。

「はぁ……」

 恥ずかしさが今になって襲いかかる。

 それでも嫌ではないし、心を決めなければ。

 

 着替えた玲菜が階段を上って一階の居間に行くと、ソファでレオが何もせずに座っていた。普段彼は食事が終わると、自分の部屋に入ったりウヅキと戯れたり、ソファで寝転がるか酒を飲むか、なので。ただ座っているだけなのが妙に珍しい。

 ショーンは居なく彼一人だし、今夜のことを考えると緊張したが。あまり態度に現さないように気を付けて近くに行くと、彼は横にあった紙袋を玲菜に差し出してきた。

「これ。買っといたから。帰りの時に渡しそびれたけどさ。俺がいいと思う物買ったからお前が気に入るかは分かんねーけど」

「あ!」

 受け取って思い出す玲菜。

(髪の毛の……コテだ)

「じゃ、俺は風呂入ってくるから」

 そう言って地下に向かうレオに玲菜は礼を言った。

「ありがとうレオ!」

 彼は返事せず手だけ振る。

 

 レオが階段を下りてから玲菜はワクワクしながら紙袋を開けた。

(レオ、私のために)

 嬉しく思っていたのも束の間。

 袋の中に入っていたのはコテでもヘアアイロンでもなく。

(何これ?)

 銀でできた、立派な装飾のある二つの何か。ちょうど腕と同じ大きさくらいで丈夫そうな……

 

(あ、これ、もしかして籠手だ)

 確信は無いが、恐らくそうだと悟った玲菜はしばらく落ち込んだ。

 よく考えれば彼が勘違いするのは分かるはず。

(腕を守る装備品だ、これ)

 正直要らない。

(私じゃなくてむしろレオにあげたいくらいだよ)

 玲菜が使う予定の無い籠手をじっと見ていると、そこにショーンがやってきた。

「お! なんだその籠手。凄く良いやつじゃないか。誰のだ? レオ?」

 しかも見ただけで分かる程、良品質らしい。

「あ、えっと……」

 玲菜が答えづらそうにしていると、ショーンは「それより」と玲菜に訊いてきた。

「レイナは風呂から上がったのか? もうおじさん入っていい?」

「ん? あ、上がったけど。今はレオがお風呂に入ってるよ」

 その答えにおじさんはびっくりした。

「え? アイツが今、風呂に? 珍しいな」

 レオはいつも朝に入るので、当然珍しいのだが。それよりも、なぜ今日に限って夜に入っているのか考えると赤面する。

(レ、レオ。まさか私と……そのつもりだから、今お風呂入ってるの?)

 多分そうだ。

 玲菜はソワソワしてつい訊いてしまった。

「ショーンは、これからどうする?」

 いつも訊いたことがないのに。

「え? これからって? おじさんはレオの後、風呂に入って二階に籠るけど?」

 二階ということは、夜中にレオが移動するのには都合がいい。

「そ、そうなんだ。寝る?」

 この質問はまずかったか。

「え? 眠くなったら寝るけど、なんか用なのか? 話だったら聴くぞ」

「ああ、ううん! 別に話とかじゃないの。ただ、疲れているからあんま無理しない方がいいよって」

 よくもまぁこんな言葉がスラスラ出る。

「ありがとな、心配してくれて。大丈夫だよ、無理しないから」

 ショーンの優しい言葉が胸に突き刺さる。

(ごめん、ショーン)

 

 それからショーンは、レオが風呂から出た後に風呂に入って、出ると二階の研究室に籠った。

 一方玲菜は自分の部屋に戻り、鍵を掛けずにベッドに入った。

 彼が来るとしたらきっと深夜に違いないが、落ち着かない。もちろん眠れるわけはないし、布団を被って深呼吸を何度もする。

 もし彼が来られなくても落ち込まないようにと思い、実はその方が気は楽なのかと考えたりした。

 明かりは少しだけ灯して静かに長い時を待つ。

 

 

 やがて――

 どのくらい経ったのかは分からないが、家の中が暗く静まり返り、さすがにショーンも寝たであろう深夜の頃。

 もしかしたらもうレオも眠ってしまったのではないかと、玲菜もウトウトとしていた時に。

 密かに部屋のドアが開く、僅かな音が聞こえた気がして……

 誰かが物音を立てずに部屋に入ってきたような気配で玲菜は目を覚ました。

 一瞬、黒い影にびっくりして叫びそうになった玲菜は口を押えてその姿を見る。暗がりの中にいたのは紛れもなくレオで。忍びのように、足音を立てずにゆっくりと近付いてくる。

 彼は無言で、当たり前のように布団の中に入ってきた。

 玲菜は驚き過ぎて戸惑ったが、一先ず自分の体を移動させて彼の寝る場所を作る。

(な、なにこれ)

 軽くパニックに陥っているのが自分で分かる。

 本当に来た。本当に。

 心臓があり得ないほど速く鼓動を打って、硬直しそうだ。

 布団を持っていた手を彼に握られて、ついビクッとしてしまった。だが彼はそのまま優しく掴み、耳元で囁く。

「来たぞ」

 それだけでゾクッとして声が出そうになった。

 彼とはそこまでは至っていないだけで何度も一緒に寝ているはずなのに、緊張で体が震える。

 ただでさえ呼吸が不安定なのに彼が口を塞ぐようにキスをしてきて若干苦しくなる始末。しかし口づけを交わしていると段々と気分が昂る。

 彼は髪にも頬にも、首筋にもキスをしてきて、首の時はうっかり声が出ないように目と口をギュッと閉じた。代わりに体がゾクゾクする。

(レオ……!)

 名前を呼びたい。

「レイナ」

 彼の方はキスの合間に耳元で小さく呼んでくるが、自分が呼ぶタイミングを掴めない。

 玲菜は聞こえるか分からないくらいの小声で呟いた。

「レオ……好き」

「え?」

 うっかり普通の音量で訊き返してしまい、レオは口を塞ぐ。

 すぐに頭から布団を被って小さな声で言った。

「こうやって布団の中で。ちょっとくらいなら声出しても平気だよな?」

 確かに。ショーンが寝ているのは二階で、ここは地下。

「うん」

 小声で玲菜は頷いた。

 それから二人で顔を見合わせて少し笑って。

 何か緊張が若干解れたような気がした。

「俺もお前が好きだ」

 レオは一度玲菜を横向きで抱きしめてから髪に触れて、自分の腕の上に彼女の首が来るように仰向けにさせる。

 そして彼は唇を触れさせながら玲菜の寝間着のボタンを外していき、はだけて見えた白いレースの下着に釘付けになった。

 直視状態で止まっていたので、玲菜は恥ずかしくなって体ごと横を向く。

「は、恥ずかしいからあんまじっくり見ないで」

「見せろよ」

 レオはすぐに玲菜を自分の方に向けさせる。

「や、やだ」

 一方玲菜は両手で服を掴んで絶対に見せないようにする。

「見せろって」

「やだ」

「見せろ」

「いや」

 最初ふざけ半分で言い合っていた二人だが、レオは段々本気で求めるようになった。

「だから、いいから見せろ」

 小声だった声が普通くらいの声になって、玲菜は焦った。

「レオ、静かに」

「なんで拒むんだよお前。その下着はこの前見たぞ。あ、明らかに俺の好み追求してるじゃねーか」

「だ、だって。……お願いだからレオ、もう少し声を小さくして」

 レオは黙って。一旦枕に顔をうずめる。

「れ、レオ?」

「嬉しいんだよ、俺は」

「え?」

「お前が俺のために、俺の好みな下着選んで買ってくれたんだろ?」

「レ、レオ……」

 そう、玲菜が油断して声を掛けた瞬間、彼は振り向いて玲菜の腕を掴む。

「わぁあ!!

 うっかり声を出してしまった彼女をまた仰向けにさせて自分は重なり、両腕を力づくで押さえた。

「静かにしろよ」

 言った後、両腕を掴んでいた手を離した。

「手荒くはしないから」

 どの口がほざいているのか。今、手荒くしたばかりのような気がしたが。次の言葉を聞いて玲菜は少し反省した。

「俺だって、お前に拒まれたら結構傷つく」

 レオは目を伏せる。

「嫌ならもうやめるから」

 ……嫌なわけはない。けれど恥ずかしくて。しかし相手には拒んでいると伝わってしまう。

 玲菜は彼の首に腕を回して耳元で言った。

「嫌じゃないよ。私、慣れていないからつい恥ずかしがっちゃうけど。嫌なわけないよ。だって、レオのこと好きだし」

 腕を離した玲菜のおでこと口に優しくキスをするレオ。

 それからためらいながら質問する。

「み、見ても……あ、脱がせてもいいか?」

「は、はい」

 返事をするとゆっくりと続きのボタンを外していく。

 全部外すと、触れようとしたが止まってまた訊ねた。

「さ、触ってもいいか?」

 そういうことは訊かれると逆に恥ずかしい。

 玲菜は無言で頷いて、コソッと伝えた。

「訊かなくてもいいです。あ、レオのす、好きにしていいですから」

 好きにといっても。念を押す。

「ただ、荒いのは嫌だよ」

 

 レオは返事をしなかったが優しく体に触れていく。

 キスをするように唇でも触れて、玲菜はその度に声を上げないように口を押えた。

 彼もシャツを脱いで、体同士でも触れ合う。

 今夜きっと……結ばれるのだと、二人はこの時確信していた。

 だが――

 

 

 その、二人が盛り上がっている矢先。

 深夜だというのに、突然玄関のベルが鳴り響いた。

 二人は止まって耳を疑う。

「え? 今?」

 聞き間違いなら良かったのだが、二人とも聞こえていて、しかも何度も鳴る。

 こんな時間に来客なんてありえない。いや、まさかもう朝か?

 信じられなくて二人が呆然としていると、二階から階段を下りる足音が。それはショーンで、「なんだこんな時間に」とブツブツ言いながら降りてくる。

 玲菜とレオは上体を起こして、息を呑んで耳を傾けた。

 

 ショーンが玄関のドアを開けた音と同時に聞こえてきたのは「ショーン様!」と切羽詰まった女性の声と雨の音。

 自分らは事に夢中になっていて聞こえなかったが、確かに外では雨が降っているようだ。

 そして女性の声は……

「朱音さん?」

 ショーンの声の通り朱音の声で。普段と様子が違う。凄く慌てている風だ。

「すみません。説明している暇はありません。緊急事態ですので皇子の許へ行かせてもらいます」

「え? え?」

 二人の声が聞こえて、なんと、階段を下りる音が。

「あ、朱音さん、レオの部屋はそっちじゃないぞ」

 これはショーンの声。

 だが、二人には朱音がこちらに向かってくるのが分かった。

「な、なんでアイツ知ってるんだ」

 レオは震え声で玲菜ごと布団を被る。一方玲菜は動揺して何もできない。

 そうこうしている間に、朱音は玲菜の部屋のドアの前に立って声を掛けた。

「皇子。お取込み中失礼しますが、すぐに出てきて下さい」

「あ、あの、そこはレイナの部屋なんで……」と言うショーンの声を気にせずに呼ぶ。

「皇子! アルバート様! 大事が起きました!」

「あ、朱音さん……」

 ショーンが彼女の肩を掴もうとした時、耐えられなくなったレオが怒鳴る。

「いい加減にしろ! いい加減にしろよ、朱音!」

「え?」

 驚いたのはショーンだ。

「れ、レオ……なんでお前がこんな時間にレイナの部屋に」

 若干声が震えている。

「もう! うんざりなんだよ!」

 レオの声が響く。

「俺は出ていかない。なんだよ、戦でも始まったか? 都に敵が攻めてきた? それでも俺は出ていかないからな! たとえ陛下が危篤だと言っても…」

 

「崩御《ほうぎょ》です」

 

「え?」

 

「陛下が、御隠れになりました」

 

 それは、皇帝陛下の死という、とんでもない訃報だった。


NEXT ([第五十話:崩御の日]へ進む)
BACK ([第四十八話]へ戻る)

目次へ戻る
小説置き場へ

トップページへ
inserted by FC2 system