創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第七話:おじさんとイケメンと同居]
2012年現代では、次のブルームーンは三年後の2015年なのだという。
今居るこの世界では分からないが、最低でも数年後か。
(そんな! 今すぐにでも帰りたいのに!!)
泣きそうになって落ち込んでいる玲菜をショーンが慰める。
「待て。大丈夫だよ。俺が調べてやるから。それに、一か月に二回目の満月の日とは限らんし。別の日かもしれない。普通の満月とか」
普通の満月だとしても次まで数週間は待たなくてはならない。
(そんなにもつかな、この世界で)
それに、肝心の鍵の行方。鍵の正体すら分からないし。
(満月待たなきゃならないし、鍵も捜さなきゃならない!)
元気の無い玲菜の背中をショーンが叩いた。
「俺が一緒に探してやるから。それまで部屋も貸してやるし」
「え!!」
ありがたいことこの上無い。それにショーンの言葉は何か安心させてくれる。
「ありがとう。ショーンってホントに親切だよね」
玲菜が礼を言うとショーンは少し照れたように返した。
「いや、……興味があるんだよ」
「え?」
むしろ照れたのはこちらだ。
(興味って何に?)
まさか自分に……なんて思ったら自意識過剰か。
「オカルトに」
自意識過剰だったらしい。
「はぁ」
小さく溜め息をつく玲菜。
(そりゃそうだよねー。私みたいな小娘に興味持つわけないし。そもそもショーンは妻子持ちだし)
なんだか落ち込んだ自分に気付いて心の中で慌てた。
(って、なに落ち込んでんだ私)
自分は自他共に認めるファザコン。だからか。
(私って実はおじさんが好きなのかな。お父さんみたいな)
そういえば、前に付き合った彼氏はイケメンで同じ歳だったが、ガキっぽいのが合わなくてすぐに別れた。
(見た目は若いイケメンが好きなんだけどな〜)
たとえば(小説の)シリウスみたいな。
(現実には居ないよね)
すぐ近くに顔だけシリウスの奴が居るが。
「はぁ」
玲菜はもう一度溜め息をついた。
「さて。じゃあこれからのことだが」
ショーンが顔を近づけて声を潜めたので少しドキッとする玲菜。声を小さくしたのには訳があった。
「レイナの正体はしばらくレオには言わない方がいい」
奥の部屋で寝ているレオが万が一起きても聞こえないように。
「あいつはこういう話、まず信じないから」
確かにそんな感じがする。
「レイナは……そうだな」
ショーンは「うーん」と考えてからひらめいたように言った。
「田舎から出てきた考古研究者の卵」
「考古研究者の卵?」
「田舎から出てきたからよく分からなくてレナの聖地に入ってしまったことにしよう」
理解する玲菜。
「え? あ、私の設定?」
「そう」
ショーンは頷く。
「俺は住み込みの助手としてキミを雇ったってことにするから。口裏合わせて」
「は、はい」
「なーにイチャイチャしてんだよ」
最後のセリフを言ったのはショーンではない。
振り向くとソファの後ろにボサボサ頭で服をだらしなく着たレオが不機嫌そうに立っていた。
慌てて離れる二人。まさか会話を聞かれてしまったか。
「レオ、起きるの早いな」
「なんかこっちの部屋でゴチャゴチャ話し声が聞こえてうるさいから」
「え! 聞いてた?」
焦って玲菜が訊くとレオは背中を向けて歩きながら言った。
「内容なんかわかるか。とにかくお前らの声がずっとしてたから」
どうやら内容は把握されていないらしい。寝ていたからか。
「風呂入る」
レオは不機嫌そうにそう言うと階段を下りて地下に行ったようだ。
玲菜とショーンの二人は顔を見合わせて「ふぅ」と息をついた。
「あいつ、会話は聞いてなかったようだな」
ショーンは胸を撫で下ろす。玲菜もホッとして朝食で使った皿を運び始めた。
「あの人、いつも機嫌が悪いの?」
「寝起きは特に」
軽く笑いながらショーンは皿を片づけようとしている玲菜を引き留めた。
「ああ〜、いいから。俺がやる」
そうもいかない。
「これからお世話になるから、なんでも手伝わせてよ。私これでも家事得意だし、部屋も借りるから、家賃の変わりに掃除とかもするし」
玲菜は母が居なかったので家事は一通りできる。むしろバイトよりも好きかもしれない。しかし、奥の台所らしき部屋に入った途端仰天することになる。
そこは、片づけられない症候群のように色んな物が置き散らかっていて汚い台所。
「えっとまぁ……こういうわけだったから」
ショーンは頭を押さえて言い訳をした。
「俺もレオも忙しいし」
「なるほど」
玲菜は決意した。
これから掃除の鬼になろうと。
台所だけでなく、この家は片づけのし甲斐がある。それに、自分もしばらく住むのだから清潔な部屋がいい。
(年末の大掃除って思おう)
そのくらいの覚悟が必要だ。
「私に任せて!」
玲菜は一先ず台所の大片づけから入った。
一方、風呂に入ったレオは早朝に自分が帰ってきた時のことを思い出す。
(あーーそうか)
ショーンが玲菜に手を出すなと忠告してきた事。
先ほどだって仲良さそうに並んでソファに座ってイチャイチャしていた。(ように見えた)
「あ〜〜〜」
妙にイライラする。
(オヤジ……年甲斐もなく浮かれやがって)
しかし「手を出すな」と言われると逆に手を出したくなるこの気持ちはなんだ。
(まぁ確かに、顔はまぁまぁか。レナのイメージではないけどな)
レオは自分の理想の相手を想像した。
(俺が出会いたいのは、長い銀髪で青い瞳の十六歳の美少女で……聖女風な見た目で、でも性格は意外としっかりしていて、優しくて、可愛いところもある)
それは神話に出てくるヒロイン。
(まぁ、現実には居ないけどな。そんな完璧な女)
レオは溜め息をついてゆったりと湯船に浸かっていた。
その頃、台所の片づけに苦戦する玲菜。
(まずお皿を洗って片づけよう)
溜まりに溜まった使いっぱなしの皿の群。流し台と水道の蛇口があって、流し台には汚い食器が山のように重なっている。スポンジや洗剤は無い。代わりに濡れた布きんと石鹸とタワシ。流し台の横の調理台にはスノコ的な板。
(えーっと、どうやって使おうかな)
「ショーン、何か要らない布無いかな?」
「え? 布ならその辺に掛けてあるけど」
見ると、窓の近くに吊るされた紐に掛けてある数枚の布。その中の一枚を取って広げてスノコの下に敷いた。
(これは水切り台にしよう)
食器を洗った後にすぐ置く所は必要だ。
そして、玲菜は濡れている布きんに石鹸をつけて泡立てて、それで食器を洗うことにした。
(うわぁ! 水冷た!)
蛇口から出るのは水のみでしかも冷たい。
(手が荒れちゃうよぉ〜)
玲菜は心の中で嘆きながら皿を洗い、ふと気づいたことを訊いてみた。
「生ごみはどこに捨てるの?」
「ナマゴミ? ……ああ、ゴミのこと?」
ショーンは落ちているものを踏まないように避けて近付いて、壁にある取っ手を引いた。
「ゴミは全部この中。細かい物だったら一緒に流していいし。ここに入らなかったら外に捨てるから」
「え! ダストシュート?」
まさにそういう見た目の物がそこに在った。取っ手を引くと投入口が開いてゴミを入れられる。中を覗くと滑り台のようになっていて、入れたゴミがどこかに運ばれていく様子。
しかも分別という概念は無いらしい。
「なにこれ、便利」
ゴミの処理に問題が有るのか無いのかは置いといて。
「都は人が多いから。皆が外に捨てたら大変なことになるからな」
決められた日に決められた場所に出して業者が回収するという仕組みも無いようだ。便利だが、溜まったゴミが一体どうなるのか考えると少し不安になる。
(でも、考えても仕方ないし)
玲菜は割り切って洗い物の続きをした。
そうして、しばらく経ってようやく流し台が少し片付いた頃、煙と独特の臭いがしたので玲菜が振り返ると煙草を吸いながら片づけを手伝っているショーンの姿が見えた。
(ショーン、煙草吸うんだ? ってか煙草あるんだ、この世界)
父は吸う人ではなかった。父とショーンは結構似ているところがあるが、やはり違う。
そんなことを考えていると足音が聞こえて奴が入ってきた。
「オヤジ、酒くれ」
レオだ。
酒を飲んで帰ってきて、一眠りして、風呂上りに酒とは……お前がオヤジかとつっこみたくなる。しかもトランクス風なパンツだけ穿いてあとは裸。首にタオルを掛けている姿。
(なんて恥じらいが無いの。ここのシリウス)
顔を赤らめて玲菜が見ていると向こうがこっちに気付いて大声を上げた。
「うおおおお!! なんでお前がまだ居るんだ! メシ食ったら出て行けよ! もう俺も捕まえないから」
ハッと下を見て自分の格好に気付いたレオは慌てて自分の部屋に入り込む。少しは恥じらいがあったらしい。ショーンは片づけの手を止めて彼に向かって言った。
「レオ、話があるから。服着たら居間に来い」
居間ではソファにショーンと玲菜が並んで座っていて、シャツとズボンだけ穿いたレオは濡れた髪を拭きながら微妙な気分になっていた。
(なんでかしこまってるんだ。まさかこれから付き合いますとか言うなよな。……いや、早すぎるか)
レオは不機嫌そうに横の椅子に座る。
(喉が渇いた)
そう思ったレオは一度台所に行って酒を持ってきてからもう一度座った。
「なんだよ話って」
「レオ、実はな……」
ショーンは改まって言う。
「レイナも一緒に住むことにしたんだ」
レオは飲みかけていた酒をこぼしそうになった。
「はあ!? 同棲!?」
話の展開についていけない。
(なんでいきなり同棲!? こいつらもうそこまでの仲に!? 昨日の夜か? 俺が出て行ったから? 昨日の夜ナニがあったんだ!?)
レオは勘違いしていたが、ショーンは続きを話す。
「レイナは田舎から出てきた考古研究者らしくてな……」
さきほど考えた玲菜の設定を坦々と話していくショーン。レオはそれどころではなく、頭の中に話が入っていかない。
(だからか。だから、“レイナに手を出すな”って俺に。あの時はもうデキてたのか)
「それで、俺の助手になってもらおうかと……」
ショーンの言葉に彼を睨み付けるレオ。
(手が早いのはどっちだ! しかもどんだけ歳の差があると思ってるんだ。エロオヤジ)
レオの睨みを見て不安になる玲菜。
(やっぱりレオは私が一緒に住むの反対なんだ)
「というわけだから、お前が了承してくれれば俺も嬉しいけども」
「了承!?」
レオは立ち上がった。
「お前らの問題は俺に関係ないし、勝手にしろよ! 俺は本当の息子じゃないからもし結婚しても俺の義理の母になるわけでもないしな!」
セリフにやや違和感。
「結婚? 義理の母? なんのことだ?」
ショーンが訊ねるとレオは怒って返した。
「なんだよ! 結婚は考えてないのか!? 真剣な交際じゃないんだな! 不純だぞ、オヤジ!」
「ん? 真剣な……なんだって?」
ショーンは意味が分からなかったが、不純と言われたことに疑問を呈す。
「おい、そもそも不純はお前だろうが! お前、今まで付き合った女と結婚を考えていたのか? 真面目に交際していた女だって居たかどうか」
痛い所をつかれたのはレオの方だ。
「ちょっ、待て! 俺の話に持っていくなよ。大体俺はそう簡単に結婚は決められないんだよ! 分かるだろ? それに、俺は同棲なんてしたことないぞ」
話を聞いた玲菜は軽蔑の眼差しでレオを見た。
(もうこれ以上、私のシリウスのイメージを崩さないでほしい)
「と、とにかく!」
若干慌てながらレオはきっぱりと言う。
「お前ら二人が付き合うのは勝手だが、俺の目の前であんまイチャイチャすんなよ!!」
きまった。間違った方向にまんまときまった。
玲菜とショーンは呆然として顔を見合わせてからショーンがレオに言った。
「何勘違いしてんだ。俺とレイナはそういう関係じゃないし。ただ、レイナは金が無いらしくて住む所も無くて困っているから、ちょうど俺も助手を欲しかったから住み込みで働いてもらうってだけだ」
「……住み込みで働き?」
レオは目を丸くして玲菜の方を見た。
「え? お前……学者? なんの?」
「さっき言ったろ。考古研究者の卵だ。要するに見習い」
ショーンの言葉に、レオは一回酒をぐいっと飲んでから座った。そしてしばらく俯いてから小さな声で言う。
「勘違いした。すまない。忘れてくれ」
むしろ素直に謝ったことが玲菜には驚きだ。それに、ショーンが言ったことは全て嘘なので少し罪悪感。
「あ、あの。よろしく……お願いします」
俯いたままレオは答える。
「ああ。いや……俺も居候だから。よろしく」
微妙な空気。
レオは少しの間黙ってから酒を飲み干し、すぐに背を向けて自分の部屋に戻った。どこからかウヅキが出てきて彼の後をついていく。
玲菜はそれを羨ましそうに眺めてから一息ついて立ち上がった。
「さて。私はさっきの続きやっちゃうね」
台所の片づけはまだまだ残っている。
しかしショーンは止めて言った。
「いいよ。もう昼にしよう。ありがとう。続きはまた今度でいいから」
「今度じゃなくていいよ。後でやる!」
玲菜はやる気満々だったが、ショーンは申し訳なさそうに首を振る。
「じゃあまた明日。昼食ったら俺は調べものしに図書館行くし。俺が居ない時に掃除をやらせるなんて悪いからな」
「図書館……」
もしかして自分の戻る方法について調べてくれるのか。嬉しくなる玲菜。ふと、自分の姿を見て思った。
(私も、着替えとか欲しいかも)
着替えだけでなく、これから生活していく上での色々な物も。
「あ、ねぇ! 私も一緒に行っていいかな? 買い物なんだけど。道分からないし」
「ああ、そうかー」
納得して頷くショーン。
「じゃあ、一緒に街へ出るか」
「うん!」
頷いてから、あることに気付いてハッとなる玲菜。
(一緒に出掛けるって、なんかデートみたいかも)
だが、すぐにその考えを消した。
(じゃないって! どう見ても親子の買い物だよ)
少しドキドキしながら。
その時、先ほどのシャツの上にジャケットを羽織ったレオが部屋から出てきた。足早に玄関に向かって歩く。
「どこ行くんだ?」
ショーンが訊くと、レオは履いていたサンダルを別の靴に履き替えながら答える。
「メシ食いにいく。どーせこの家にはあまり無いだろ?」
「あーそうだ。ついでに食材買ってきてくれ」
そう言ったショーンはもう一つ提案を出した。
「そうだ! 買い物行くんだったら、レイナも連れてってやれよ。俺は図書館行くからさ」
「え!!」
嫌そうに反応したのは玲菜だけでなくレオもだ。
「お、俺はメシ食いにいくって言っただけで買い物するとは……」
「お前働けよ。居候してんだから」
ショーンの言葉に、言い返せなくなったレオはふて腐れながら立ち上がる。
「わかったよ! じゃあ早くしろ」
二言目は玲菜に言っている。
(私の気持ちは無視?)
玲菜は不安になったが、断る為の充分な理由も無い。
一緒に出掛けるなんて、まるでデートのようだが……
玲菜の心臓は先ほどとは違う風にドキドキした。