創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第七十二話:もう一つの鍵]

 

 彼女と居ると、自分は復讐を忘れて二人だけで別の世界へ行きたくなる。――たとえば、彼女の時代とか。

 もしかしたら、何もかも“無かったこと”になって。

 生まれ変わったように。

 ただ、彼女と二人で生きていけるかもしれない。

 

 

 想像でしか知らない彼女の世界は。争いも無くとても平和。科学力が高くて便利。空を飛ぶ、鳥のような乗り物がある。

 行ってみたい。

 一度見てみたい。

 嫌なことをすべて忘れて。

 そこで、彼女と共に過ごしていけたらどんなにいいか。

 子供を作って家族で暮らして。

 きっと、涙が出るくらい楽しい日々が待っている。

 

 

 *

 

 

 ――そんな幸せな夢を見た気がして。レオは目を覚ました。

 

 儚くも幸せを逃したか……?

 いや。そうでもなかった。

 

 隣に彼女が眠っていて、自分の腕を枕にしている。

 幸せな夢の後は、大抵つらい現実に戻ったが、これはきっと夢の続き。

 彼女の世界には行けないけれど、傍に居てくれるだけで十分に幸せを感じられる。

 ましてや、隣で寝ているなんて。

 

 レオは愛しくて仕方がなくて、玲菜の髪に触れて優しくキスをした。

 そうだ。昨日は……

 昨日は……

 記憶を確かめて、思わず赤面する。

(ちょっと……待てよ? え? 本当に?)

 本当に、願望からくる妄想ではなくて、そうだったか。

(そうだったか?)

 思い出すと興奮する。

(こいつが、まさか、あんな……)

 レオは口を押さえた。

(やばい。このままだと)

 我慢ができない。

 いや、我慢しなくていいか。

 

 

 幸せな気分と温かさと、自分の唇に触れる感触で玲菜は目を開けた。

 いきなり目の前にレオの顔があってびっくりしたが、彼がキスをしてくるのが分かってまた目を閉じた。

 唇を重ねられるのが心地好く感じる。

 ああ、そうか。昨日は……

 昨日は……?

 思い出して玲菜は更に気付く。

 ……服を着ていない。自分も、彼も。

 途端に恥ずかしくなったが、彼が体を重ねてきて肌が触れる。

(私たち……)

 段々と詳しい記憶が甦ってくると顔が熱い。

(ちょっと待って? あれ? もしかして)

 彼は玲菜が起きたことに気付いて手を頬に触れさせてきた。

「起こしたか? 重い?」

 返事はなかったが、彼は自分が仰向けになって玲菜を上に乗せる。

「じゃあ、昨日みたいに。お前が上で」

 言わないでほしかったのに。言葉を聞いた玲菜は今までにない叫び声を上げてしまった。

「わあああああああああ!!

 顔は真っ赤で涙目。

「言わないでよ! 恥ずかしいから」

「なんでだよ。俺とお前しか居ないのに?」

「でも恥ずかしいの!」

「え? たかがお前が上だったっていう話だけで?」

 玲菜が恥ずかしいのはそういう問題ではなくて。

「でもびっくりした。昨日はお前から誘ってき…」

「だから言わないで! って言ってんでしょー!」

 彼が言い終わる前に、玲菜はレオの頭をぶっ叩いた。

「いってぇ!!

 レオは叩かれた頭を押さえて眉をひそめる。

「なんでだよ。別に変なことじゃないだろ。俺は嬉しいって言ってんだよ」

 彼はそっぽを向きながら言った。

「いっつも俺からだし。キスとかだって。あんまお前からって無いだろ。だから……」

 聞きながら、玲菜は昨日の自分の心情を思い出して哀しくなった。

「レオ……」

 彼を誘ったのは、彼と久しぶりに会えて気持ちが昂っていたのもあり、復讐を遂げて心が不安定になっている彼を抱きしめてあげたいというのもあった。けれど、一番の理由は未来が不安でたまらなく。

 今だってそれはある。

「皇帝になるの?」

 昨日の事件を思い起こせば訊かなくても分かるのに。つい、訊いてしまった。

 恐らく昨日、彼が意味深長に謝ってきた理由はこの事が原因であると分かった。

 彼はしばらく黙って。ためらいながら答える。

「そうだな。……そうなる」

 申し訳なさそうに目を伏せた。

「“ならない”と、約束したのにすまない」

『仕方ないよ』の言葉がとっさに出ない。

 もしかするとこれが“運命”で。……いや、多分そうだったのだ。

(運命……)

 彼は今、どう思っているのだろう。

 玲菜は何も言わずに彼の胸に頭を乗せた。

 このままだと、本当に配偶者がレナに? なんて、恐くて口に出せない。

(だとしたら、私はこの世界に戻ってこられないのかな?)

 ふと、漠然とそんな不安が。

 そうだ、もし。戻ってこようとして別の時代にたどり着いてしまったら?

(やだやだ)

 そんな恐ろしいこと、考えたくない。

 玲菜が不安がっているのを感じ取ったのか、レオは彼女の背中にそっと腕を回して優しく包んだ。

「皇帝になっても、俺は変わらないから」

 恐らくこれから大変なことは分かる。

“第三皇子”の頃とは全く違うだろう。

「ちょっと忙しくなるかもしれねーけど。でも、なるべくお前と一緒に居たいし。オヤジの家にも行くようにするから」

「え?」

 最後の言葉に、玲菜はドキリとした。

(“行く”って? “帰る”じゃなくて?)

 彼は今までショーンの家に“帰る”と言っていた。それは彼にとって自分の家がショーンの家であったからであり。城に対しては“行く”とか“泊まる”を使っていたのに。

 たまたまそう言っただけかもしれないが。

 皇帝になることを選んだ彼に何か心境の変化があったのではないかと思ってしまう。

(っていうか、そりゃそうだよ。皇帝になったら、さすがに今までみたいにショーンの家で暮らすなんてできないよ)

 今まで三人と一匹で暮らしていたことが、急に崩れるような感覚。

 彼自身は変わらないと言ったが、周りや状況は大分変わる。

 それにもしも、今度こそ運命を変えることができたとして、彼と結婚したら……

(私、皇帝の妻!?

 あの威厳のある皇后の姿が思い浮かんで青ざめた。

(あんなん、なれない!)

 無理すぎる。

(え、だって、言葉遣いとかどうすればいいの? “そなた”とか言うの?)

 全く想像がつかない。

 

 玲菜はいろいろなことを考えていたが、レオはそれどころではなく、一つのことしか頭にない。

「レイナ。その……だからさ。今言った通り、忙しくなるから。もっとお前と……」

「……え?」

 訊き返されると言いづらい。

「だから、今……」

 面倒くさいから実行に移すか。

 レオは玲菜を腕に抱いたまま転がって、彼女が下に、自分が上になるように向きを変えた。

 重くないように体勢も変える。

「今、お前を愛す」

 ちょっとセリフが恥ずかしかったか。

 自分で言って自分で照れてしまったが、相手的には良かったらしく、玲菜の顔が赤く染まって自分を見つめる。

(やった!)

 レオは心の中で拳を握って彼女にキスをした。

 彼女との口づけは好きだ。その瞬間はたまらなく幸福感を得られる。息が苦しくなるほどしたっていい。

 頬に触れて。髪に触れて。首筋にも触れて。身体にも触れる。

 砦で離れてからずっと会いたかったからとにかくキスがしたい。

「レイナ」

 とにかく名前が呼びたい。

「レオ……」

 返されたら何度も呼ぶ。

 

「レイナ……好きだ……!」

 何度も囁く。

「私も、好きだよ……レオ!」

 彼女が背中に腕を回してくるのが最高に興奮する。

 肌が触れあって、柔らかい肌が気持ちいい。

 だって、彼女は普段言わないような言葉を何度も繰り返す。

 なんて幸せなのか。ずっとこのままでいたいような気がする。

 キスしたり抱き合ったりを何度も繰り返すなんて、贅沢すぎる。

 高揚して体が熱い。

 多分、体温は同じになっているから、向こうも熱いのだろう。

 

 これがきっと最高のひとときであるのは間違いない。

 

 

 ―――――

 

「ねぇ、これからどーするの?」

 服を着終わり、靴を履いていた玲菜は、未だにレオが下着だけ穿いてゴロゴロとベッドに寝ていることに呆れ返った。

「もう! レオ! いつまで寝てんの?」

「あ〜〜〜〜」

 気だるそうに起き上がり、急いでいる玲菜を不思議に思う。

「ん? お前どこ行くんだ?」

「借りていた部屋」

 ここはレオの屋敷で、泊まった玲菜とショーンは別々に客間を借りていた。

 今居るのはレオの部屋で、深夜に玲菜が部屋に入ってきたのだ。

 レオは思い出す。

(来なくても俺から行ったけどな)

 本当は自分も彼女を誘おうとしていて。けれど彼女の方からやってきたから嬉しくてたまらなかった。

(コイツから来るなんて、ホントに珍しいし)

 それなのに彼女は今更、自分の借りていた部屋に戻ろうというのか。

 恐らくショーンにバレたくないという心が働いている。

「いーよ、戻らなくて。オヤジはもう食堂に行ってるかも。それで俺たちが一緒に食堂へ行ったって、なんとも思われねーよ。つっか、オヤジはもう知ってるよ」

 それは分かっているのに、どうしても気まずさを感じてしまう玲菜だったが、彼の意向に従う。

「分かった。じゃあ戻らないから。でもきっとショーン待ってるから、早くしなよ」

「あー」

 渋々とレオは起きて着替え始める。

「そういえばさ、さっき何て言ってた?」

「え?」

「言ってただろ。なんか訊いてきただろ」

「あ、うん、これからどうするの? って」

 レオの今後の予定を知りたいと玲菜は思う。

「レオ、私たちと一緒に帰るの?」

「あ〜」

 レオはシャツの袖に腕を通しながら気まずそうに答える。

「今日は無理かな。片づけなきゃならないことが山ほどあるし」

「今日だけ?」

 訊きたくないのに玲菜が訊くと、彼は答えづらそうに口を開いた。

「ああ、いや……しばらく? 分からん」

「そっか」

 またしばらく会えないなんて。落ち込む。

(なんかずっと会っていない)

 距離を置いていたのが約一ヶ月。その後四、五日間くらいは一緒に居たが、また一週間離れて。会えたと思った矢先にすぐ会えなくなるのか。

 玲菜としての一番の望みは、また三人と一匹でショーンの家で暮らしたいのに。

(いつまでできないんだろう?)

 レオの部屋はずっと空室だった。

「ウヅキ、レオのこと忘れちゃうよ」

 つい、意地悪なことを言ってしまった。

 ショックを受けるレオを慌てて慰める。

「あ、ごめん。大丈夫だよ! ウヅキは賢いから」

 レオは着替え終わり、玲菜を引き寄せた。

「ウヅキをよろしく頼む。本当に、頑張って時間作って会いにいくから。オヤジの家で泊まれる日はそっちで寝るし」

(泊まる……か)

 もう、ショーンの家の方が“泊まる”になってしまった。

(意識が変わっちゃったんだ。レオ、ホントに)

 もう、三人と一匹家族ではなくなってしまったのか。

 玲菜の目に涙が浮かぶ。

「泣くなよ。俺だってずっと一緒に居たいし。お前が大丈夫だったら宮廷に来ても平気だから。お前のことは特別扱いさせる」

 確かに寂しいのもある。だが、それだけではない。

「あ、まぁ……宮廷に来てもちょっと待たせるかもしれねーけど。そうだ、そん時はクリスティナの所に居てもいい。メシだけでも一緒に……」

 レオは、玲菜の気持ちが分かっていないようだったが、彼を責めることはできない。

「うん。分かった」

 今はゴタゴタが続いて忙しいとして……けれど、少し落ち着いても皇帝になったら……

(やっぱ無理だ)

 もうあの日々には戻れない。

 これからも、三人で顔を合わせても、ショーンの家ではなく別の場所になる。

 なんとなく、切ない。

 

 そんな玲菜の胸の内を知らないレオは、思うことがあって彼女に訊ねる。

「なぁ、レイナ。お前さ……」

「え?」

 真剣に、彼女に話をしないと。

 けれど、彼女の心境を考えると言えない。

「ああ、うん。なんでもねーよ。俺もうあと顔を洗うだけだから。そろそろ行こうか」

「うん」

 

“後宮に入るか?”

 なんて訊けない。

 

 彼女はきっと、ショーンの家で暮らしたいと思っている。

 今までも“皇子の自分と”と考えるとためらう時もあったが。皇帝ではわけが違う。

 彼女を後宮に入れるのは自分の母と重なって気が引ける。

(でも俺は……レイナを……。レイナしか考えられないし)

 もちろん他に妻を取ることは考えないし、側室なんて要らない。

 たとえばしきたりなんて無視して変えてやればいい。けれど、すべては無視できない。

(皇帝か……)

 軽い気持ちで決断したわけではないが、重い。

 この状態で求婚したとして。果たして彼女は受け入れてくれるのか?

 この時代に戻って来ると、決断してくれるのか。

(って、考えてもしょーがねーな)

 レオは洗面台で顔を洗う。

(あーやっぱり。夢の方がいいか)

 今朝見た夢は憶えていないが、もしも願いが叶うなら。

 レオは顔を拭いて首を振った。

(願いが叶うならなんて、俺らしくねーな。どうかしてる)

 鏡の中の自分に苦笑いして気持ちを切り替えた。

 

 

 そうして二人で居間に行き、茶を飲んでくつろいでいたショーンの許へ行く。

 三人で朝食をとった後、レオは宮廷に。玲菜とショーンは家の近くまで馬車で送ってもらった。

 

 ショーンの家に着くと、ウヅキが居なくて焦ったが、隣のサリィさんがパンと一緒にウヅキを家に届けにきた。どうやら勝手にサリィさんの家に行っていたらしい。さすが賢い。

 帰ってきたウヅキはまるで誰かを捜すように、一直線にとある部屋へ行く。――そこはレオの部屋で。もしかしてレオを捜しているのかと玲菜は思ったが、ウヅキはそのまま彼のベッドで丸まって眠ってしまった。

 レオを想っているのか、単にベッドがお気に入りなのか。

(多分、レオが居なくて寂しいんだよね)

 自分と同じだと玲菜は思ってから、地下にある自分の部屋へ戻った。

 

 部屋に入ると、今までの疲れがドッと出てきてベッドに倒れる。

 昨日はとにかくいろんなことが起きた。

 たった一日で、数日分の気分。

 クリスティナの部屋に遊びにいったら、理不尽に捕まって。レオとの関係で密偵に疑われて尋問されて。一度は異端者の容疑で異端審問所に連れていかれそうになった。その時に最も恐怖の出来事が起きたが、最も喜ぶ事も起きた。

 朱音が現れたこと。それに、レオが助けに来たこと。

 その後は夜中にレオが――復讐を遂げた。

 レオを抹殺、もしくは失脚させようとした一連の罠や皇帝暗殺事件はミシェル皇妃が黒幕で、彼女の民族が帝国を乗っ取ろうとするという大きな陰謀があった。レオの母親の悲しい真実もあった。

 そして、野望の阻止と恨みを晴らしたレオは、帝位を継ぐことを宣言した。

「はぁ」

 思い出すだけで大変な日だったことが分かる。

 それに……“家族”を一人失った。

 彼は頑張って会いにくると言った。泊まれる日はこっちで寝る、と。

(でもレオは、宮廷が嫌いなのに)

 城が嫌いだった彼は、そちらを“家”と覚悟してしまった。

(帰る場所はそっちなの?)

 前よりも関係は近くなったはずなのに、なぜだか遠くに感じる。鳳凰城塞で離れてから、まだ皇子は帰ってきていない、と。

 皇帝になっても、彼は彼なのに。

 

 

 やがて、少し休むと昼になり。

 ショーンに呼ばれて玲菜は台所に向かった。

 何もせずにただゴロゴロしていたことを申し訳なく思う。

 台所のテーブルには、サリィさんに貰ったパンとショーンの作った美味しそうな料理が並ぶ。

「ショーンごめん」

 玲菜は席に着く前にショーンに謝った。

「私、部屋でただ寝てただけで何もしてない」

「んー?」

 ショーンはいつもの通り新聞を読みながら待っていて、特に気にせずに新聞を閉じた。

「別にいいよ。いろいろあったから疲れてただろ? 今日は家事しなくていいから休んでな」

 玲菜が椅子に座ると、思い出したように訊いてきた。

「ところでさ、レイナ。キミの誕生日っていつ?」

「え? 誕生日?」

「そう。おじさんそういうの訊いてなかったけど。誕生日あったら祝いたいし」

 なんとも嬉しい言葉。

「あ、えっとね。三月六日だよ。ショーンは何日?」

 訊かれたショーンは一度止まって。気まずそうに答えた。

「あ、おじさんはさ。自分の誕生日知らないんだ。えっと……大体六月ってのは分かってるんだけど」

 それよりも、と気付いた偶然にカレンダーを見た。

「あれ? やっぱり。ちょっと待てよ?」

 一人で確認して、少し興奮気味に玲菜に教える。

「レイナ、キミの誕生日って、もうすぐかもしれない」

「え?」

 カレンダーの今日の日付は十一月九日になっている。

「いや、だからさ。おじさんが独自に考えた計算だと、今日は旧世界の三月四日にあたるんだ」

「えぇ?」

 三月四日だと、彼は言ったのか。

(ってことは……あと二日!? あと二日で私の誕生日?)

 もちろんショーンの独自の計算らしいが。

 思わぬ判明に驚きを隠せない。

「三月四日!?

「多分」

(もう私、二十一歳になるの?)

 しかしよく考えると、矛盾が。

(え? でも、こっちの世界に来てからまだ五ヶ月だよね? そうすると私の体内時間ではまだ二十一歳ではない?)

 自分が迷い込んだのは八月三十一日だったので、そこから計算するとずれてくる。

 そういうのはこの際いいか。

(明後日……)

 これから先、この時代で生きていくなら旧世界の暦は忘れた方がいいのかもしれない。けれど……

(自分の誕生日だけは憶えとこうかな。あと、お父さんの誕生日とお母さんの誕生日)

 玲菜はカレンダーを見て後で確認しようと思いつつ、食事をとった。

 その日はショーンのお言葉に甘えてウヅキの相手など、のんびりと過ごす。

 夜になると、来ないとは分かっていても「レオが帰ってこないだろうか」と期待をして、やはり帰ってこなかったとガッカリしてから眠りに就く。

 

 

 

 そして次の日。

 昨日は久しぶりにダラダラしたと思いながら朝から洗濯をする玲菜。

 強くて冷たい風が吹き、寒くて体を震わせる。

(今日はあとどうしようかな。お父さんに手紙でも書こうかな)

 なんて、軽く考えるものでもない。

(書けるうちに書いちゃわないと。もしかしたら忙しくなるかもしれないし)

 とりあえず、ゴタゴタがあったせいで忘れかけていた“今後の事”をショーンと話し合わないと。

(なんだっけ?)

 盲目の預言者・シドゥリの許へ行く前に何かあったはずだ。

(あ! ……もう一つの鍵)

 

 

 玲菜は洗濯物を干し終わると、急いで居間に戻り、茶を飲みながら新聞を読んでウヅキの相手をしていたショーンの許へ行く。おじさんは気付くと図書館に行ってしまうので、早めに捉まえておかなければならない。

 

 いきなり単刀直入に訊いてしまった。

「ショーン、もう一つの鍵って何?」

「え? 何の?」

 突然『鍵』と言われてもすぐには察しがつかない。

 しかしショーンは頭の回転が速いので分かったらしく、「ああ」と明察する。

「元の時代へ戻るためのもう一つの鍵、か」

「うん。ごめんね。全部ショーンに頼りっぱなしで」

 玲菜は申し訳なさそうに隣に座る。

「前にさ、言ってたじゃない? 一度シドゥリさんの所へ行こうって。見つけたアヌーの結晶石が本物かどうか確かめるために。でも、その前に“もう一つの鍵”を手に入れるとも言ってたよね?」

 確か。そんなような話を聞いた憶えが。

「その、もう一つの鍵って一体何? どんな物か把握してないかも」

 最初探していたアヌーの結晶石は『鍵』と仮称していたがまさにその通りの物で、時空移動する場所への入口を開く物――つまり鍵である、らしい。

 では、もう一つ必要な物とは……?

 疑問を呈した玲菜に、ショーンは少し考えてから話した。

「うんとな。もう一つの鍵は、もしかしたら必要のない物かもしれないんだ」

 ためらいながら。

「実はそれも本当はシドゥリに確かめなきゃいけない。つまりな、期限があるのかどうか。その上で更にキミがどうするのか」

「え? 期限?」

「そう。“小説を送る”のはいつまでにしないといけないのか。タイムリミットはあるのか」

「タイムリミット」

「もしも時間制限が有ったとして、その残りの時間が迫っているなら必然的にもう一つの鍵は必要になる。または、無かったとしてもキミがすぐにでもと覚悟をしているなら同じく必要になる」

 真剣に聴く玲菜を見て、ショーンは一口茶を飲んだ。

「えっとな、時空移動するには条件と鍵が必要なのは分かっているだろう?」

「うん」

 ブルームーンの日に、アヌーの結晶石が必要だと……

 確認した今、問題に気付く玲菜。

「あ! ブルームーンの日! 次のブルームーンの日って、確かニ、三年後!?

 ショーンの言う通り、もしもタイムリミットがあったら間に合わない。

(そうだ! ただの満月の日じゃ駄目なんだ? 同じ月の二回目の満月じゃないと)

 最初は、『満月の日なら平気』なのか『ブルームーンの日じゃないと駄目』なのか判明していなかった。けれど、ショーンが調べて、ブルームーンの日だと結論に至ったのだ。

(そうか! 次のを待っていたら早くて二年後かなんかで。最初、私が途方に暮れていたらショーンが……)

 俺が調べてやる、と。

 

「もう一つの鍵は要するに、ブルームーンの日と同じ条件を作り出す物で。いわば疑似ブルームーンの日にさせる力を持つ物。これがあれば二年後を待たなくても使命を実行できる」

 

「え?」

 そんな物があったなんて。しかも、ショーンはすでに調べがついている様子。

「実はもう、そいつが在る場所を特定していてな。確信はできねーけど。探しに行く価値はあると思う。後はレイナ次第なんだ」

 ショーンは選択肢を玲菜に向ける。

「もちろん、時間制限があるのかどうか……必要であるかシドゥリに訊いてからでもいいが」

 今行くのか、シドゥリに必要性を訊いて(必要であるなら)それから行くのか。

(でも、ショーンはなんだか……)

 一応ショーンの意見を訊いてみる。

「ショーンはどう思ってるの? 何か思い当る事ある?」

 彼の知識で何か引っかかることがあるのだろうか。

「俺は、手に入れるなら早い方がいいと思ってる。シドゥリに確かめてからでもいいけど。ただ、俺の予想だと……時間制限がある気がするから」

 預言者に訊かなくても、彼には知識がある。

 タイムリミットが差し迫っているとは限らないが、万が一を考えると早めに手に入れた方が無難か。

「じゃ、じゃあ、先に行く?」

 だが、玲菜がそう決断をするとショーンは何かにためらっているように返事をする。

「うん。……そうだよな。……うん」

 煮え切らないなんて、ショーンらしくない。

(あれ? 実はショーン、何か隠してる?)

 ふと、玲菜は不安に思ったが。

「じゃあ、先に行く方向で。おじさんはもう少し調べることがあるから図書館に行くな」

 ショーンは会話を終わらせて茶を飲みきり、片づけて外へ出る準備をし始めた。

(え? 何かあるのかな?)

 一方玲菜はショーンの態度に引っかかり、自分なりに考えてみたが分からず。

 もう一度ショーンに訊いてみようと第一研究室を覗くと既におじさんは家を出ていて居なかった。

(なんだろう?)

 調べて、探しにいった方が良いと判断したのにためらう何かがあるような。

 なんとなくそんな予想にたどり着く。

(え? もしかして危険な所?)

 嫌な予感がした玲菜は、それが当たらないといいと願いながら食器洗いを始めた。


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