創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第七十五話:災いの入れ物]

 

「え!? あれってわざとだったの?」

 人造石の地面の通路で、少し広くなった場所にて休憩をとる一行。ランプを置き、持ってきた食料を口に入れながら壁に寄り掛かってお喋りをする。

 今喋っているのは朱音が拘束される直前の事で、レオと朱音が廊下で話しているのを玲菜が部屋から聞いた時の真相。

 玲菜的には秘密の相談を盗み聞きしてしまった気分だったがどうやら違ったらしい。

「当ったり前だろ。俺と朱音が大事な話を、誰が聞いてるかも分からん廊下でなんて喋るわけないだろ」

 現に玲菜が聞いていたことだし。レオは言う。

「あの時、ミシェルの部下が近くで話を聞いているのが予想ついたから、わざと聴かせた。まさかついでにお前まで聞いてるとは思わなかったけど」

「だって、聞こえちゃったんだもん」

 膨れる玲菜の頭を、ついいつものくせで撫でようとしたレオは、ショーンが近くに居ることでためらって腕を下ろした。

 そこを見逃さなかった朱音は密かに笑ってしまったが、レオが気付いて睨んだことでわざとらしく咳払いをしてショーンに話しかける。

「ショーン様は、何をされているのですか?」

「んー?」

 ショーンは食べ物にあまり手をつけず、熱心に本や資料を読む。

「もちろん、ここの場所について確認している。俺たちが探している物がある所への道順はさすがに分からんけど、大昔の文献と結構共通していてな」

「文献?」

「うん。『階段を下りる』とか、『川がある』みたいな記述がある」

「へぇ? じゃあ、着々とお宝の許へ向かっている感じか?」

 レオが訊くとショーンは首を捻った。

「ただ、文献には川は『結構幅の広い川』っぽい感じで書いてあるし、いろいろ違って……どうだろうかな?」

「そりゃあ、大昔と今は違うだろ」

 レオは呑気に、ショーンが手を付けていない食料に手を伸ばしたが、寸前でショーンは手に取って口に入れた。

「ま、とにかく印を付けながら先に進んで。なんとかなるさ」

 そうして、食事としばしの休息をとった一行は立ち上がり、また少しずつ前へ進んでいった。

 

 

 通路は緩い下り坂になっていき、とにかく警戒をしていたが特に何か危険な動物や罠があるわけでもなく。

 奥へ奥へと進むとやがて広い場所へとたどり着いた。

 そこは、地面が土でやや歩きにくい。広さはかなりあるらしく周りに壁は見当たらない。どことなく不気味な場所。

「なんだろう? ここ」

 怖くて足がすくむ玲菜はレオの腕にしがみつく。

 レオは一瞬口元が緩みそうになったが、異様な雰囲気を感じて周りを警戒した。

「何か……居る気がする」

 こんな所に。

「お下がりください」

 朱音が皆を自分の後ろに下がらせて小太刀を抜いた瞬間。

 地面の土が盛り上がって大きくなり、みるみる内に人型になる。――それはまるで泥人間……と、言うべきか。

「うぅうう」と低く呻《うめ》いているようにも聞こえる声を発してゆっくりと近づいてくる。

 その様は、玲菜にとってはゾンビが出てくる映画を彷彿させる。

 あまりの恐怖に思わずレオに抱きついて目をつむり、おかげで彼は抜こうと思った刀が抜けなくて困った。だが、心配には及ばず。

 すぐに朱音が泥人間に向かって“それ”を斬り倒した。

「一体なんなの? これは!」

 泥人間はまた元の土に戻るように崩れたが……

「朱音!」

 レオが叫んだ時には地面から次々と泥人間が形成される。

「オヤジ!」

 今度こそ、レオは玲菜をショーンに任せて自分も刀と短刀を抜いた。

 ゆっくりだが、着実に向かってくるたくさんの泥人間を、朱音と共に斬り倒していく。

 ショーンも玲菜を守りながら自分の剣を抜いて二人が斬り損ねた泥人間を慎重に倒した。

 動きも遅いし、倒すのは簡単だが何せ数が多い。倒しても倒しても新しいのが次々に現れる。

「限《キリ》がありません、皇子!」

 このままだとこちらが疲れてしまう、と朱音は声を上げた。

「オヤジ、どうすればいい?」

 レオも同じく。ショーンに案を求めて。

「とりあえず逃げよう!」

 ショーンの案は全員一致で頷いた。

「どっちへ? どこへ向かえばいい?」

「どこでも! こいつらが居ない所!」

 言われて最初に動いたのは朱音で、「私が誘導します」と皆を後ろにつかせる。

 立ち塞がる泥人間を斬り刻んで道を作り、「こちらへ!」と皆を誘導した。

「オヤジ、レイナをこっちに!」

 レオは玲菜の手を掴んで引っ張り、横から向かってくる泥人間を刀で斬りながら走る。玲菜のことはしっかり守って、後ろをショーンが続いた。

 

 無我夢中で走りながら斬って進み、段々と泥人間は現れなくなってきた頃、気付くと地面はまた人造石に変わって、いつの間にか古い建物の跡のような場所に行き着く。

 柱や崩れた壁があり、倒れた石像も。

 レオは後ろから泥人間が追ってこないのを確認して朱音に促した。

「もういい、朱音! 奴らは追ってこない。ちょっと疲れたから一旦ここで休むぞ」

 四人共汗だくで、壁を背に地面に座り込む。

 大きく息をついてしばらく無言で休んだ後、もう一度レオが訊ねた。

「なんなんだ、今の変な物体は」

 当然だが、人間認識はしていない。人の形をした動く泥というか……。

 ショーンは思い当たるふしがあったらしく、自分のメモ帳を開いて確認した。

「えっと……多分な、『ゴーレム』ってやつかな? 屋敷を守ってる番人みたいなもんで」

「ゴーレム……」

 ファンタジー系の漫画などで、その名を見たことがある玲菜とは違い、全く言葉に馴染みのないレオはもう一つの言葉に食いついた。

「屋敷?」

 まさか、今居る建物の廃墟のような場所は……

 玲菜は皆に水筒の水を配りながら周りを見回した。

「ここが、そう……だったのかな?」

「んー、まぁ……」

 ショーンは水をぐいっと飲んでから続ける。

「一先ず調べてみよう。もしかしたらここにあるかもしれんし」

「え?」

 残りの三人はすぐに反応した。

「あるって?」

 

「お宝!」

 

 お宝というのは……

「月の力、だっけ?」

 先ほど聞いた言葉を玲菜が思い出すとレオが疑問を感じる。

「チカラ? 力って、なんだ? どうやってそれを見つける?」

「うんとな、さっき確認したんだけど」

 ショーンは休憩の時に読んでいた本を鞄から取り出して皆に見えるように地面で広げた。

「えーっと」

 ページをめくり、資料とも合わせて栞のあるページを開く。

 そこには怪しげな図形……いわゆる魔法円風の円形模様図が描かれていた。模様というか文字風にも見える。

「これは、古来地底に住んでいたウォール人の呪文が記された魔術の秘印。これと似たようなのがこの屋敷のどこかに描かれているはずで。円環の中で封印を解く言呪文《ことじゅもん》を唱えると、“力”が手に入ると言われている」

「ことジュモン? なんだそれ」

 てっきりショーンは知っているのかと思いきや。

「分からん。たくさん調べたけど結局分からなかった」

 まさかの知らない宣言。

 レオは慌ててつっこんだ。

「知らないって! じゃあ駄目じゃねーか。それ唱えないと力が手に入らないんだろ?」

「通常はな」

 ショーンはレオの持つシリウスの剣を見る。

「でも、唯一シリウスの剣なら、すでに呪術が刻まれている特別な物だから必要無くてさ。魔法円の中心に突き刺して封印解除の合言葉だけ言ってやればいい」

「合言葉?」

 それは知っているらしく、「うん」と頷くショーン。

「とりあえずこういう魔法円を探してくれ。ここが屋敷の跡だったら、どこかに描かれているはずだから」

 

 言われた通りに皆は地面や壁などを手分けして見て、“魔法円”が描かれていないかを探した。屋敷跡と思われる範囲を念入りに調べる。

 明かりを灯して見逃さないように壁のススを掃って探していると、少し離れた場所を調べていたレオが皆に呼びかける。

「なんかさ、マホー円じゃないけど、怪しい所があったんだけど」

 行ってみると、小さな部屋だった形跡の場所の地面に地下への階段が。

 

「怪しい」と皆の心の中が一致し、顔を見合わせてから気を付けて階段を下りる。

 そこには……

 石造りの壊れかけた地下室があり。壁も天井もひび割れていていつ崩れるか分からなかったが。床の中心には、人が一人立てるくらいの円と先ほどの本に描かれた模様図とそっくりなものが刻まれた、まさに魔法円が在った。

「あった!!

 思わず叫ぶ四人。

「なんだ、案外簡単に見つかるじゃねーか」

 浮かれて喜ぶレオと、ショーンを尊敬の眼差しで見る玲菜。

「凄い! ショーンの言う通りだった! ショーンって映画に出てくる主人公みたい!」

「え?」

 恐らく単語は分からないだろうが、父の好きな映画の主人公を思い浮かべてつい褒めてしまう。

 一方、「じゃあ早速」とばかりにシリウスの剣を鞘から抜いて魔法円の中心に突き刺そうとしたレオを、ショーンは慌てて止めた。

「ちょっ!! 待て! レオ!」

 察して朱音が彼を引き留める。

「アルバート様、ショーン様が……!」

「ん?」

 手を止めて立ち止まるレオにショーンが溜め息をつきながら近付く。

「頼むから、考え無しに行動するな」

“考え無し”と言われてレオはふてくされたが。渋々謝る。

「悪かったよ。でも、一体何をためらうんだよ?」

「うん。つまり……」

 ショーンはいきなりシリウスの剣をレオから奪い取り、彼を突き飛ばして自分が魔法円の中心に剣を突き刺した。

「こういうことだ」

 ボソッと呟き、メモ帳を見ながら唱える。

『呪われた地に残酷な希望を《シャ・ム・ド》』

 

「なっ!?

 もちろん驚いたのはレオで。

 突き飛ばされたのも信じられないし、ショーンが剣を奪い取って封印解除を実行してしまったことも。

 朱音も驚き、だがすぐに地べたに倒れこみそうになった皇子を支える。

「大丈夫ですか!?

 手には小太刀を持ち、不審そうにショーンに向ける。

「ショーン……様?」

 

 呆然として何もできない玲菜は、それよりも魔法円が不気味に黒く光り始めるのを見て止まった。

(え? 何?)

 ……なんていうか、思ったのと違う。

 光るだけでも充分に不思議な光景なのに。どこか禍々《まがまが》しい。

 得も言われぬ恐怖が急に襲ってくる。

(月の力って、どうしてこんな……)

 

「月は闇を司るからな」

 振り向いて、ショーンはレオに言った。

「俺も、自分の運命は分かんねーけど。お前のことは息子みたいに思ってるから。お前のことだけは認める」

「え? オヤジ……何言って……?」

 レオにはショーンの伝えようとしていることがまだ理解できない。

「サーシャの息子だからじゃねーんだよ、レオ。俺がお前を守ってきたのは」

 なぜ、ショーンは懐かしそうな目をするのか。

 そう考えている間もなく、魔法円の黒い光は、まるで液体のようにシリウスの剣に絡みつき、渦を巻く。段々と蛇のようになってきて、形を成したと思ったら刃に埋め込まれた宝石に吸い込まれて消えた。

 得体の知れないおぞましさがそこに在った。

 

 多分、直感で。

 剣を触ってはいけないと分かる。

 それなのに、ショーンは剣を抜こうと円環の中に手を入れようとしていた。

「ショ、ショーンやめて!!

 とっさに。無意識で玲菜は叫んだ。

 なぜ叫んだのか自分で分からない。けれど、“危険”なことだけは分かる。

 

「レオ! 俺は娘と離れ離れになって絶望していたけど。お前と会って結構救われたんだぜ」

 照れくさそうに彼は言う。

「もう二度と言わないから、一応伝えとく」

 まるで死にゆく者の最期の言葉。

 

「オヤジッ!!

 何がなんだか分からなかったがレオは叫んだ。

 なんで今更、自分にそんなことを言うのか。

 思い起こせばいつだって、ショーンは何かを隠していた。

 それは知っていたが、訊かなかった。

 訊いても答えないという予想もあったが、知ってしまったら彼がどこかへ行ってしまう気がして。

 そんなの絶対嫌だ。

 今だってどうして自分にだけ何かを伝えて、彼女には何も言わないのか。

 言いたいことも、訊きたいこともいっぱいある。

 けれどそれは後にして。

 ――何か言ったり考えたりするよりも先にレオはショーンに向かって走り、彼を突き飛ばした。

 

「うおっ!」

 正直、勢いがありすぎた。

 ショーンはレオの思わぬ行動を予期していなくて、うっかり地面に倒される。あっけに取られるよりも痛さを感じて怒鳴ってしまった。

「何すんだお前!!

「うるさい! お返しだ!」

 レオは顔を赤くして怒鳴り返す。

「意味分かんねーだろ! いきなり俺のこと突き飛ばして剣奪って! 勝手に封印解除みたいなことして! おまけに恥ずかしいこと言いやがって!!

 いろいろとつっこまれて、ショーンは頭を抱えて下を向いた。

 あんな恥ずかしいことまで言って自分が格好良く犠牲になろうとしたのに。失敗するなんて。……いや、まだ失敗したわけではないが。

 とりあえず、台無しになって恥ずかしさだけ残る最悪のパターン。

「レオ、お前なぁ……」

 心配してこちらを見ている玲菜にも、顔を見せられない。

 

「ショーン様……」

 察したのは朱音で、静かにショーンに近付く。

「もしかして、アルバート様の身代わりになろうとなさいましたね?」

 図星過ぎて何も返せない。

 そう、彼女はいつも身代わりになろうとしているから、気付くか。

「ど、どういうことだよオヤジ」

 レオの質問には、朱音が予想で答えた。

「恐らく、シリウスの剣は月の力が中に入ったことで……それを扱う者を危険に晒す。みたいなことでしょうか?」

 大体合っている。

 仕方なしにショーンは白状した。

「月に属する力っていうのは、即ち“闇の力”と呼ばれるもので。なんつーか……呪いの禁術なんだよ。その力を得た人間は必ず死ぬし、剣に宿しても、力を解放して剣を扱えばやっぱり呪われる」

「はあ? なに?」

 イマイチ、ピンとこないレオと、『闇』や『呪い』という言葉で怖くなる玲菜。

 いや、むしろレオはいつも通りの反応を示した。

「呪いなんて迷信だろ。それに、力を解放しないで扱えばいいんじゃねぇの? そもそもシリウスの剣は重くて俺は使う気ないし」

「剣が重いのは、お前がまだ“持ち主”に選ばれてないからだよ。それに、剣には持ち主を闇に誘《いざな》う魔力があるし」

 ショーンが説明するが、レオはうさんくさそうな目をしている。言いにくそうにショーンは続けた。

「このままだと、お前は持ち主になっちまうから。もしうっかり力解放して使ったら大変なことになりそうだし。その前に俺が持ち主になればいいかな、と」

 つまりレオの身代わりになると決めて。

「闇の力が剣に入ったタイミングで手にすれば、きっと持ち主に選ばれるから」

 覚悟をしたショーンはつい、レオとの思い出に浸った。自分が今後どうなるか分からなくて。

「ちょっ待て」

 レオは納得がいかない。

「っていうか、シリウスの剣は俺が貰ったんだよ。なんだ? 持ち主に選ばれるって。誰に?」

「……剣に」

 

 ショーンの答えに、レオは目蓋を落とした。

「バカらし」

 言いながら、未だ魔法円の中心に突き刺さるシリウスの剣に手を伸ばす。

「レオ!! 待て!!

 ショーンは止めたが。

「うるさいオヤジ。持ち主は俺だ。剣が決めるんじゃない、俺が決めるんだ」

 レオは平然と、シリウスの剣を引き抜く。

「ほらな、なんともねーだろ?」

 

「あっ……!!

 

 びっくりしたのは他の三人だ。

 確かに、話自体はうさんくさいが、実際に目の前で黒い光が剣の中に吸い込まれるのを見ている。あんな光景は、自分らの常識に当てはめて説明なんてできない。

 それに漠然とした恐怖がそこに在った。

 剣や魔法円から伝わってきた何やらおぞましい気配。

 玲菜でさえ“それ”は明らかに危険だと感じたのに。

 だからこそ、ショーンの話には説得力があった。信じられないような話でも納得できた。

 まさかあっさりと、レオが手にしてしまうなんて。

「別に、なんとことはない普通の剣だよ。“月の力”とやらだって入ったかどうか怪しい……」

 レオが不信そうに剣を掲げてまじまじと見ていた矢先――

 突然刃に埋め込まれた宝石から先ほどの黒い光が出て輝き、持っている右手首に巻きついて消える。

「え?」

 それはまるで呪縛で。痕が残ったわけではないが、右手首に激痛が走った。

「いっ……!! てぇ……!!

 痛すぎて剣を落としたレオは膝も落として手首を押さえる。

「レオ!」

「皇子!」

 玲菜と朱音が彼に駆け寄り、ショーンが恐る恐る剣を見るとその刃は黒く染まっていた。

 ――それは、“災い”が入った証拠だった。

 

 しかも、不可解な出来事は更に続き、今まで仄《ほの》かに光っていた赤い光が大きく膨らみ、人の形……髪の長い女性のような形に成り、皆に話しかけてきた。

 

『心配しなくて平気』

 

 大人でも子供でもない、若い娘の声。

「ゆ、幽霊?」

 玲菜にはそう見えたが、赤い光の女性は何も反応することなく淡々と話す。

『“侵食”はしない。“父”は消えたから。ただ、“闇の力”は別』

 皆にというか、レオに話しかけているようだ。

『剣はお前の物だ。普通に扱う分には満足すぎる斬れ味を保証する。それ以上は求めるな』

 静かな地下室に、彼女の声が響く。

『いいか? “強い力の誘惑”に負けてはいけない。欲求があったら今の痛みを思い出して踏み留まれ。力の反動はこんなものではない。精神も破壊される』

 

『たとえ、封印術があっても、石が無ければ意味がない』

 

 最後にその言葉を残して、赤い光は煙の様に消えた。もう剣も光らせなく、まるで夢か幻だったかのよう。

 だが――

 レオは大量の汗を流して息を切らしていた。

「大丈夫!?

 心配そうに玲菜が顔を覗きこむと、強張《こわば》らせていた表情を戻して目をつむる。「ふぅ」と一息漏らしてようやく答えることができた。

「ああ。痛みが消えた。手首が切れたんじゃねーかってくらい痛かったけど。今は平気だ」

 玲菜はすぐに鞄からタオルを出して彼の額の汗を拭く。

 レオも段々と呼吸を整えて彼女のタオルを掴んだ。

「ありがとう。もう大丈夫だから」

 それよりも。レオは気になったことがあって立ち上がり、地面に落ちている黒い刃の剣を拾う。

 元は透明だったのに。ここでは赤く光って、今は黒く染まった。

 不思議な現象なんて、あまり信じたくなかったのに。

 レオは剣を掲げて誰も居ない方へ振り下ろしてみた。

(え……!?

 違いが明らかに分かる。

「軽い」

 思わず口に出してしまった。

 今まで振り下ろそうとすると途端に重くなっていた剣が嘘のように軽い。

 軽いと威力が心配だが。先ほどの赤い光の女性が言っていた言葉が甦る。……『満足すぎる斬れ味』と。

(もしかするとホントに)

 これが、“持ち主”か。

「へぇ……」

 悪い気はしない。

(扱いこなしてやる)

 もしかしたら自分は無敵になれるかもしれない。そんな笑ってしまいそうな戯言さえなぜか叶いそうな気になってくる。

 

 遠くで不敵に笑うレオを見て、ショーンは頭を押さえた。

(早速、誘惑されかかってんじゃねーか)

 結局、彼が持ち主になってしまった。なんとか、身代わりになろうとしたのに。

(……身代わり?)

 ふと疑問に思う。

 もしかすると……

(俺も、あの剣が欲しかったのかもな)

 それは恐らくきっと、剣の誘惑。

 レオを守りたいという理由の他に、剣を手にした時、少なからず自分の物にしたい欲求があった。

(月の女神の生贄か……)

 もしくは、恋人殺しの女の呪いか。

 

「ショーン様」

 不安そうにレオを見るショーンに、朱音が後ろから話しかけた。

「私と黒竜が、全力で殿下を守りますから」

 今までもそうだった。

「ああ、お願いします。アイツが“陛下”になっても」

 そう言うと玲菜の許へ行くショーンを見ながら、朱音は誰にも聞こえない声でボソッと呟いた。

 

「でもまだ、貴方を完全には信用していないんですよ、私は」


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